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土佐日記
土佐から京へ帰る五十五日の船旅を、女性の書き手に仮託して仮名でつづった日記文学を、章ごとに原文で読みます。
作品について
『土佐日記』は、土佐守の任期を終えた紀貫之(868?〜945?)が、承平四年(934)十二月二十一日に国府を発ち、翌年二月十六日に京の自邸に帰り着くまでを、一日ずつ書きつづった日記です。冒頭の「男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり」のとおり、男性が漢文で書くものだった日記を、女性の書き手を装って仮名で書いています。
旅の途中の出来事や人々の歌とともに、任地の土佐で亡くした幼い娘を思う悲しみがくり返し語られ、海賊への恐れや、なかなか進まない船旅へのいらだち、京に近づく喜びがつづられます。仮名で書かれた日記文学の最初の作品として、のちの『蜻蛉日記』『紫式部日記』『更級日記』などに道を開きました。
章
土佐の国を発つ(承平四年十二月)
大湊・室津に留まる(承平五年正月)
海賊を恐れて和泉へ(正月下旬〜二月)
川をのぼって京へ(二月)
このページの本文について
原文は、国立国会図書館デジタルコレクションで公開されている丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(明治36年)所収の「土佐日記」を底本としています。底本の表記(旧字体・歴史的仮名遣い・踊り字)をそのまま翻刻し、句読点と「」は底本に従いました。本文の脇に小さく刷られた異本の注記は翻刻に入れていません。
『土佐日記』はもともと日付ごとの記事が続く作品で、章の区切りはありません。このサイトの章の分け方と章題は、旅の行程と分量をもとに当サイトで付けたものです。
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