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手習い歌・仮名の歴史

いろは歌

四十七の仮名で、移ろう世を歌う。声に出して味わい、文字の仕組みと古い資料をたどると、もう一つの読み方も見えてきます。

いろは歌の題字と、桜、巻物、平安風の人物を描いたAI生成のイメージ画像。
いろは歌の題字と、桜・巻物・平安風の人物を描いたイメージ

原文と読み

  1. 1はははにほにほ匂にほにおへへえととどど
  2. 2ちち散ちちりぬるをりぬるをりぬるを
  3. 3わわ我わわかかががよよ世よよたれたれ誰たれたれそそぞぞ
  4. 4ならむならむならむ
  5. 5のののおくやまおくやま奥山おくやまおくやま
  6. 6ここ越ここえてえてえて
  7. 7あさあさ浅あさあさきききみみ見みみししじじ
  8. 8ひひいもももせせせすすずず

「仮名本文」は、濁点・漢字・句読点を補う前の通行の形です。「漢字かな交じり」は一般的な読みを示したもので、「浅き夢見じ」などの解釈には幅があります。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

花は美しく咲いても、やがて散ってしまう。この世で、変わらずにいられる者がいるだろうか。

移り変わるこの世界の奥深い山を、今日、越えてゆく。はかない夢にとらわれず、迷いに酔うこともあるまい。

意訳

美しさも命も、永遠にはとどまらない。だからこそ、目の前の華やかさや思い込みに心を奪われず、変化を受け入れて歩みたい――そのような無常観を読み取れます。

意訳は、歌の思想を現代の言葉で表した当サイトの解釈です。

ことばの読み解き

色は匂へど
「色」は花の色や美しさ。「匂ふ」は、ここでは香りよりも、色が美しく映えることを表します。「へど」は「……けれども」。
我が世誰ぞ常ならむ
この世に生きる誰が、いつまでも変わらずにいられようか、という反語です。「む」は推量の助動詞。
有為の奥山
「有為(うゐ)」は、原因や条件によって生じ、変化するものを指す仏教語。迷いの深い現世を、越えがたい山にたとえます。
今日(けふ)
歴史的仮名遣いで「けふ」と書き、「きょう」と読みます。
浅き夢見じ
「じ」は打消意志を表し、「浅い夢は見るまい」と読めます。清音で書かれた原文を「見し(見た)」と読む説もあります。
酔ひもせず
「酔ひ(ゑひ)」は酒だけでなく、迷いに心を奪われる姿にも重ねられます。「酔ひもせず」で、迷いに酔うこともない、の意。

四十七文字の仕組みと成立

いろは歌は、歴史的仮名遣いの基本的な仮名四十七字を、一字ずつ使って意味の通る歌にしたものです。「ゐ」「ゑ」が入り、「ん」は入りません。文字の並びが「いろは順」となり、長く手習いや分類にも用いられました。

現存する最古の記録は、承暦三年(一〇七九)の年記を持つ『金光明最勝王経音義』のいろは歌です。そこでは万葉仮名で記されています。これは遅くともそのころには歌が存在したことを示しますが、制作年そのものを示すものではありません。

作者は分かっていません。歌に見られる音韻の状態や歌謡形式から、成立は平安時代中期以降とみるのが一般的です。

仏教では、この世のものはすべて移り変わると考えます。いろは歌は、花が散る姿から無常へ、さらに迷いを越える決意へと進み、『涅槃経』に説かれる無常の偈と結び付けて読まれてきました。

作者は誰か――五つの候補を比べる

署名のある原本や、制作を直接伝える同時代の記録は見つかっていません。以下は現存資料との整合性と、各説を支える研究の強さを基準にした暫定的な順序です。実際の作者である確率を数値化したものではなく、上位候補も確定していません。「天台宗の学僧」は個人名ではなく、作者の所属を推測する説です。

  1. 1源為憲 みなもとのためのり

    根拠:源為憲が編んだ『口遊』(970年)には、仮名を重複なく使う「たゐにの歌」が載ります。仮名を網羅する歌の制作に近い立場にいた人物です。鈴木豊は、教育目的、四十七字の構成、仏教的な四句、七字配列などを合わせ、いろは歌も為憲の作とする説を発表しています。

    否定・留保:『口遊』は「たゐにの歌」を伝えますが、いろは歌を為憲の作とは記していません。二つの歌に共通する技法は、同一作者の証明にはなりません。鈴木説は具体的な研究上の仮説であり、定説ではありません。

  2. 2天台宗の学僧 氏名不詳

    根拠:現存する初期のいろは歌は仏教や辞書に関係する資料に現れます。仮名の体系、音韻、経典に通じた僧侶という人物像は歌の性格と合い、僧侶の作を推測する研究もあります。天台宗の学僧であっても、時代や知識の面では成立しえます。

    否定・留保:資料から推測できるのはせいぜい「僧侶の可能性」までです。天台宗と特定する署名や伝承は確認できず、真言宗など他の僧侶とも区別できません。そのため、この順位は「僧侶」説の強さを含むもので、天台宗だけの根拠は弱いままです。

  3. 3文屋康秀 ふんやのやすひで

    根拠:平安前期の歌人で、機知ある言葉遣いで知られます。提示された「古典の改め」の考察は、『古今集』仮名序の文屋評と歌の表現を結び付け、文屋作を主張しています。

    否定・留保:仮名序は文屋の歌風を評したもので、いろは歌の作者を記した史料ではありません。文屋の活動期は九世紀で、一般に考えられるいろは歌の成立時期より早いことも難点です。表現の連想だけで帰属は確定できません。

  4. 4空海 くうかい・弘法大師

    根拠:仏教的な内容、文字や言語への深い知識から、古くは空海の作と伝えられました。後世の文献に見える、最も広く知られた作者伝承です。

    否定・留保:空海は835年に没しています。空海の時代には区別されていたア行・ヤ行の「エ」が、いろは歌では一つになっており、歌の形式も後の時代に合います。国立国語研究所は、空海作者説は成り立たないと説明しています。

  5. 5柿本人麻呂 かきのもとのひとまろ

    根拠:七字配列の行末を「咎なくて死す」と読む暗号説から、無念の死を遂げたとする人麻呂像に結び付ける議論があります。歌人としての名声も、作者を想像させる一因です。

    否定・留保:人麻呂は七世紀後半から八世紀初めの人物で、一般に考えられる成立時期より数世紀早くなります。「咎なくて死す」を作者が仕込んだ証拠も、人麻呂が無実の罪で処刑された確かな史料もありません。

現時点で最も慎重な結論は「作者未詳」です。僧侶説には資料上の手がかりがあり、源為憲説には具体的な研究がありますが、いずれも作者を確定する証拠には至っていません。

読み方を変えると

いろは歌の謎――「咎なくて死す」

句の切れ目を外し、七字ずつ並べて各行の末尾を読むと、次の七字になります。

いろはにほへと
ちりぬるをわか
よたれそつねな
らむうゐのおく
やまけふこえて
あさきゆめみし
ゑひもせす
行末をたどるととかなくてしす「咎なくて死す」と読める

「罪がないのに死ぬ」という意味に取り、柿本人麻呂などの無念の死と結び付ける説があります。古い『金光明最勝王経音義』にも七字ずつの配列が見られるため、興味深い読み方です。

ただし、この句を作者が意図して隠したことも、特定の人物を悼んだことも、確かな史料では確認できません。七字配列という事実と、そこから導く暗号説は分けて考える必要があります。

出典・参考資料

本文は通行の仮名本文を掲げました。『金光明最勝王経音義』の万葉仮名本文を直接翻刻したものではありません。訳・語釈・解説は下記資料を参照して当サイトで作成しました。

訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日

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