土佐日記 第4章
室津の日々
正月十二日に室津に着いた一行は、雨と風にはばまれて十八日まで港にとどまる。女たちは海辺で水浴びをし、十五日の小豆粥も炊けないまま日を数える。十七日には月夜の海に漕ぎ出すが、黒い雲が出て引き返し、波を雪や花に見立てた歌が詠みかわされる。

- 1十二日十二日じゅうににち、、、雨雨あめ降降ふらららずずず。。。文文ふん時時とき、、、維維これ茂茂もちががが船船ふねのののおくれおくれおくれたりたりたりししし。。。ならしつならしつならしつよりよりより室室むろ津津つにににきききぬぬぬ。。。
- 2十三日十三日じゅうさんにちののの曉曉あかつきにににいさゝかいさゝかいささか小小こ雨雨さめふるふるふる。。。しばししばししばしありありありててて止止やみみみぬぬぬ。。。男男おとこ女女おんなこれこれこれかれかれかれ、、、ゆあみゆあみゆあみなどなどなどせせせむむんとてとてとてあたりあたりあたりのののよろしきよろしきよろしき所所ところにににおりおりおりててて行行ゆくくく。。。海海うみををを見見みやれやれやればばば、、、「「「雲雲くももももみなみなみな浪浪なみとととぞぞぞ見見みゆるゆるゆる海士海士あまもがなもがなもがないづれいづれいずれかかか海海うみととと問問とひひいててて知知しるるるべくべくべく」」」とととなむなむなん歌歌うたよめよめよめるるる。。。
- 3さてさてさて十日十日とおかあまりあまりあまりなれなれなればばば月月つきおもしろしおもしろしおもしろし。。。船船ふねににに乘乘のりりり始始はじめめめししし日日ひよりよりより船船ふねにににははは紅紅くれないこくこくこくよきよきよききぬきぬきぬ着着きずずず。。。それそれそれははは海海うみののの神神かみににに怖怖おぢぢじてててととといひいひいいててて、、、何何なにののの蘆蘆あし蔭蔭かげにににことづけことづけことずけてててのののつまつまつまのののいずしいずしいずしすしすしすしあはびあはびあわびをををぞぞぞ心心こころにににもももあらあらあらぬぬぬはぎはぎはぎにににあげあげあげててて見見みせせせけるけるける。。。
- 4十四日十四日じゅうしにち、、、曉曉あかつきよりよりより雨雨あめ降降ふれれればばば同同おなじじじ所所ところににに泊泊とまれれれりりり。。。船船ふな君君ぎみすすす。。。さうじさうじそうじものものものなけれなけれなければばば午午うまののの時時ときよりよりより後後のちににに楫楫かじ取取とりののの昨日昨日きのう釣釣つりりりたりたりたりししし鯛鯛たいににに、、、錢錢ぜになけれなけれなければばばよねよねよねをををとりとりとりかけかけかけててておちおちおちられられられぬぬぬ。。。かゝるかゝるかかる事事ことなほなほなおありありありぬぬぬ。。。楫楫かじ取取とり又又また鯛鯛たいもてもてもてきききたりたりたり。。。よねよねよね酒酒さけしばしばしばしばしばしばくるくるくる。。。楫楫かじ取取とりけしきけしきけしきあしからあしからあしからずずず。。。
- 5十五日十五日じゅうごにち、、、今日今日きょう小小あ豆豆ずき煮煮にずずず。。。口口くちをしくをしくおしくなほなほなお日日ひのののあしけれあしけれあしければばばゐざるゐざるいざるほどほどほどにににぞぞぞ今日今日きょう廿日廿日はつかあまりあまりあまり經經へぬるぬるぬる。。。徒徒いたずらににに日日ひをををふれふれふればばば人人ひと々々びと海海うみをををながめながめながめつゝつゝつつぞぞぞあるあるある。。。めめめののの童童わらわのののいへいへいえるるる、、、「「「立立たてててばばばたつたつたつゐれゐれいれははは又又またゐるゐるいる吹吹ふくくく風風かぜととと浪浪なみとととははは思思おもふふうどちどちどちにににやややあるあるあるらむらむらん」」」。。。いふいふいうかひかひかいなきなきなきものものものゝゝのいへいへいえるるるにににはははいといといと似似につかはしつかはしつかわし。。。
- 6十六日十六日じゅうろくにち、、、風風かぜ浪浪なみやまやまやまねねねばばば猶猶なお同同おなじじじ所所ところにににとまれとまれとまれりりり。。。たゞたゞただ海海うみににに浪浪なみなくなくなくしししててていつしかいつしかいつしかみさきみさきみさきととといふいふいう所所ところ渡渡わたらららむむんとととのみのみのみなむなむなんおもふおもふおもう。。。風風かぜ浪浪なみともともともにににやむやむやむべくべくべくもももあらあらあらずずず。。。あるあるある人人ひとのののこのこのこの浪浪なみ立立たつつつををを見見みててて詠詠よめめめるるるうたうたうた、、、「「「霜霜しもだにだにだにもももおかおかおかぬぬぬかたかたかたぞぞぞととといふいふいうなれなれなれどどど浪浪なみののの中中なかにににはははゆきゆきゆきぞぞぞ降降ふりりりけるけるける」」」。。。さてさてさて船船ふねににに乘乘のりりりししし日日ひよりよりよりけふけふきょうまでまでまでににに廿日廿日はつかあまりあまりあまり五日五日いつかににになりなりなりにににけりけりけり。。。
- 7十七日十七日じゅうしちにち、、、曇曇くもれれれるるる雲雲くもなくなくなくなりなりなりててて曉曉あかつき月月ずく夜夜よいといといとおもしろけれおもしろけれおもしろければばば、、、船船ふねををを出出いだしししててて漕漕こぎぎぎ行行ゆくくく。。。このこのこのあひだあひだあいだににに雲雲くものののうへうへうえももも海海うみののの底底そこももも同同おなじじじ如如ごとくくくににになむなむなんありありありけるけるける。。。うべうべうべももも昔昔むかしのののをのこをのこおのこははは「「「棹棹さおははは穿穿うがつつつ波波なみののの上上うえののの月月つきををを。。。船船ふねははは襲襲おそふふう海海うみのののうちうちうちののの空空そらををを」」」とととはははいひいひいいけむけむけん。。。きゝきゝききされされされににに聞聞きけけけるるるなりなりなり。。。
- 8又又またあるあるある人人ひとのののよめよめよめるるる歌歌うた、、、「「「みなみなみなそこそこそこののの月月つきのののうへうへうえよりよりより漕漕こぐぐぐふねふねふねののの棹棹さおにににさはるさはるさわるははは桂桂かつらなるなるなるらしらしらし」」」。。。これこれこれををを聞聞ききききてててあるあるある人人ひとののの又又またよめよめよめるるる、、、「「「かげかげかげ見見みれれればばば浪浪なみののの底底そこなるなるなるひさかたひさかたひさかたののの空空そらこぎこぎこぎわたるわたるわたるわれわれわれぞぞぞわびしきわびしきわびしき」」」。。。かくかくかくいふいふいうあひだあひだあいだににに夜夜よやうやくやうやくようやく明明あけけけゆくゆくゆくににに、、、楫楫かじ取取とり等等ら「「「黑黑くろききき雲雲くもにはかにはかにはかににに出出いででできききぬぬぬ。。。風風かぜももも吹吹ふきききぬぬぬべしべしべし。。。御御み船船ふね返返かへしししてててむむん」」」ととといひいひいいてててかへるかへるかえる。。。このこのこのあひだあひだあいだににに雨雨あめふりふりふりぬぬぬ。。。いといといとわびしわびしわびし。。。
- 9十八日十八日じゅうはちにち、、、猶猶なお同同おなじじじ所所ところにににありありあり。。。海海うみあらけれあらけれあらければばば船船ふねいださいださいださずずず。。。このこのこの泊泊とまり遠遠とおくくく見見みれれれどもどもども近近ちかくくく見見みれれれどもどもどもいといといとおもしろしおもしろしおもしろし。。。かゝれかゝれかかれどもどもども苦苦くるしけれしけれしければばば何何なに事事ごともももおもほえおもほえおもおえずずず。。。男男おとこどちどちどちははは心心こころやりやりやりにににやややあらあらあらむむん、、、からからからうたうたうたなどなどなどいふいふいうべしべしべし。。。船船ふねもももいださいださいださでででいたづらいたづらいたずらなれなれなればばばあるあるある人人ひとののの詠詠よめめめるるる、、、「「「いそいそいそぶりぶりぶりののの寄寄よするするする磯磯いそにににははは年年とし月月つきをををいついついつとととももも分分わかかかぬぬぬ雪雪ゆきのみのみのみぞぞぞふるふるふる」」」このこのこの歌歌うたははは常常つねにににせせせぬぬぬ人人ひとのののごとごとごとなりなりなり。。。
- 10又又また人人ひとのののよめよめよめるるる、、、「「「風風かぜににによるよるよる浪浪なみのののいそいそいそにににはははうぐひすうぐひすうぐいすももも春春はるもももえええしらしらしらぬぬぬ花花はなのみのみのみぞぞぞ咲咲さくくく」」」。。。このこのこの歌歌うたどもどもどもををを少少すこしししよろしよろしよろしととと聞聞ききききててて、、、船船ふねのののをさをさおさしししけるけるける翁翁おきな、、、月月つき頃頃ごろののの苦苦くるしきしきしき心心こころやりやりやりににに詠詠よめめめるるる、、、「「「立立たつつつなみなみなみををを雪雪ゆきかかか花花はなかかかととと吹吹ふくくく風風かぜぞぞぞよせよせよせつゝつゝつつ人人ひとをををはかるはかるはかるべらべらべらなるなるなる」」」。。。
- 11このこのこの歌歌うたどもどもどもををを人人ひとののの何何なにかかかととといふいふいうををを、、、あるあるある人人ひとののの又又また聞聞ききききふけりふけりふけりててて詠詠よめめめるるる。。。そのそのその歌歌うたよめよめよめるるるもじもじもじ三三み十十そ文文も字字じあまりあまりあまり七七なな文文も字字じ、、、人人ひと皆皆みなえええあらあらあらででで笑笑わらふふうやうやうようなりなりなり。。。歌歌うたぬしぬしぬしいといといと氣色氣色けしきあしくあしくあしくてててえずえずえず。。。まねべまねべまねべどもどもどもえええまねばまねばまねばずずず。。。書書かけけけりりりともともともえええ讀讀よみみみあへあへあえがたかるがたかるがたかるべしべしべし。。。今日今日きょうだにだにだにいひいひいい難難がたししし。。。ましてましてまして後後のちにににはははいかならいかならいかならむむん。。。
現代語訳
十二日。雨は降らない。ふんときと、これもちの船が遅れていた。奈良志津から室津にやって来た。
十三日の夜明け前に、少し小雨が降る。しばらくしてやんだ。女たちはあれこれ、水浴びなどをしようとして、近くの適当な所に下りて行く。海を見やると、「雲もすべて波のように見える。漁師がいてくれたらなあ。どちらが海かと尋ねて知ることができるように」と歌を詠んだ。
さて、十日過ぎなので月が美しい。船に乗り始めた日から、船の中では紅の濃い、よい着物は着ない。それは海の神を恐れてと言って、何の葦の陰にかこつけて、ほやの妻のいずしや、すしあわびを、思いもかけない脛まであらわにして、見せたのだった。
十四日。夜明け前から雨が降るので、同じ所に泊まっている。船君が精進をする。精進用の食べ物がないので、正午からあとは、船頭が昨日釣った鯛に、銭がないので米を代わりに払って、精進を落とされた。こうしたことがまだあった。船頭はまた鯛を持って来た。米や酒をたびたびやる。船頭は機嫌が悪くない。
十五日。今日は小豆粥を煮ない。残念なことに、いつまでも天候が悪いので、いざるように少しずつ進むうちに、今日でもう二十日余りが過ぎた。むなしく日を過ごしているので、人々は海をながめてばかりいる。女の子が言った歌は、「立てば立ち、座れば座る。吹く風と波とは、気の合う仲間なのだろうか」。取るに足りない子どもの言ったものとしては、いかにもふさわしい。
十六日。風も波もやまないので、やはり同じ所に泊まっている。ただ、海に波がなくなって、早く室戸の御崎という所を渡りたいとばかり思う。風も波も、やみそうにもない。ある人が、この波が立つのを見て詠んだ歌は、「この土地は霜さえ置かない暖かい所だというけれど、波の中には雪が降っていることだ」。さて、船に乗った日から今日までで、二十五日になった。
十七日。曇っていた雲がなくなって、明け方の月夜がたいそう美しいので、船を出して漕いで行く。このとき、雲の上も海の底も同じように見えたのだった。なるほど、昔の男は「棹は波の上の月を穿ち、船は海の中の空を圧する」と言ったのだろう。聞きかじりに聞いたのである。
またある人が詠んだ歌は、「水底に映る月の上を漕いで行く船の棹にさわるのは、月の桂の木であるらしい」。これを聞いて、ある人がまた詠んだのは、「水に映る影を見ると、波の底にある空を漕ぎ渡って行く私は、なんとも心細いことだ」。こう言っているうちに、夜がしだいに明けていくと、船頭たちが「黒い雲が急に出てきた。風も吹いてくるだろう。御船を引き返そう」と言って引き返す。このあいだに雨が降ってきた。まったくつらい。
十八日。やはり同じ所にいる。海が荒れているので船を出さない。この港は、遠くから見ても近くから見ても、たいそう趣がある。けれども、つらいので何も考えられない。男たちは気晴らしのためだろうか、漢詩などを吟じているようだ。船も出さずに暇なので、ある人が詠んだ歌は、「磯に打ち寄せる波の立つ磯には、年月の区別もなく、いつも雪ばかりが降っている」。この歌は、ふだん歌を詠まない人の歌のようである。
また、ある人が詠んだ歌は、「風に寄せる波の磯には、鶯も春も知らない花ばかりが咲いている」。これらの歌を少しよいと聞いて、船の長をしていた翁が、何か月ものつらさの気晴らしに詠んだのは、「立つ波を雪か花かと見せかけて、吹く風が波を寄せては人をだましているようだ」。
これらの歌を人々があれこれ言うのを、ある人がまた夢中で聞いていて詠んだ。その詠んだ歌の文字は三十七文字もあって、人はみなこらえきれずに笑うようである。歌の作者はたいそう機嫌を損ねて恨み言を言う。まねをしようとしても、まねができない。書いたとしても、とても読みきれないだろう。今日でさえ言いにくい。まして後になったらどうなるだろう。
意訳
室戸岬を前に、一行は室津で一週間近く足止めされる。この章は、待つしかない船旅の退屈さと、そのなかで人々が見せる生活の一こまを描く。水浴びの場面の「ほやの妻のいずし、すしあわび」は、女たちが裾をからげてあらわにした体を海の産物になぞらえた、きわどい冗談である。精進の日にも鯛を食べてしまう船君や、米をもらって機嫌をよくする船頭の姿もユーモラスに書かれる。
十七日の明け方には、月と雲が海に映り、天と海の区別がなくなるような美しい景色が広がる。書き手は唐の詩句「棹は穿つ波の上の月、船は圧す海の中の空」を思い出し、人々は「棹にさわるのは月の桂の木か」「空を漕ぎ渡る私」と、その幻想的な光景を歌にする。しかしすぐに黒い雲が出て引き返すことになり、美しさとつらさが隣り合う船旅の現実に戻される。
十八日には、波を雪や花に見立てる歌が次々に詠まれるが、最後に三十七文字もある長すぎる歌を詠んで笑われる人が出てくる。歌の形式を守れない素人の歌を、書き手は少し意地悪く書き留めている。
語釈・文法注
- ほや
- 海産物の「ほや(海鞘)」。続く「いずし」「すしあはび」とともに、あらわになった女性の体を海の産物になぞらえた戯れの表現とされる。
- せちみ
- 「節忌(せちいみ)」。決まった日に肉や魚を断って精進すること。
- 小豆粥
- 正月十五日に、邪気を払うために食べる小豆を入れた粥。
文法
- 「海士もがな」
- 「もがな」は願望の終助詞。漁師がいてくれたらなあ。
- 「おちられぬ」
- 「おつ」(精進を落とす、精進をやめる)に尊敬の助動詞「らる」が付いたもの。
- 「立てばたつゐれは又ゐる」
- 底本は「ゐれは」と清音で刷る。「ゐれば」と読み、座れば、の意に解した。
- 「えず」
- 底本のまま。一般には「怨(ゑ)ず」とされ、恨み言を言う、すねる、の意。
- 「棹は穿つ波の上の月を。船は襲ふ海のうちの空を」
- 唐の賈島の詩句と伝えられる「棹は穿つ波底の月、船は圧す水中の天」をふまえた表現とされる。
和歌
雲もみな浪とぞ見ゆる海士もがないづれか海と問ひて知るべく
- 詠者
- ある人
- 状況
- 十三日、海を見やって、雲も波も同じように見えるのを詠んだ歌。
修辞
- 見立て
- 雲を波に見立て、空と海の区別がつかないとする。
立てばたつゐれは又ゐる吹く風と浪とは思ふどちにやあるらむ
- 詠者
- めの童(女の子)
- 状況
- 天候が悪く足止めが続くなかで、女の子が詠んだ歌。
修辞
- 擬人法
- 風と波を、いっしょに立ったり座ったりする仲よしにたとえる。
霜だにもおかぬかたぞといふなれど浪の中にはゆきぞ降りける
- 詠者
- ある人
- 状況
- 十六日、波が立つのを見て詠んだ歌。
修辞
- 見立て
- 白い波頭を雪に見立てる。
みなそこの月のうへより漕ぐふねの棹にさはるは桂なるらし
- 詠者
- ある人
- 状況
- 十七日の明け方、水に映った月の上を漕ぐ船を詠んだ歌。
修辞
- 典拠
- 月には桂の木が生えているという中国の伝説をふまえる。
かげ見れば浪の底なるひさかたの空こぎわたるわれぞわびしき
- 詠者
- ある人
- 状況
- 前の歌を聞いて詠んだ歌。
修辞
- 枕詞
- 「ひさかたの」は「空」にかかる枕詞。
いそぶりの寄する磯には年月をいつとも分かぬ雪のみぞふる
- 詠者
- ある人
- 状況
- 十八日、荒れた海を見て詠んだ歌。
修辞
- 見立て
- 磯に打ち寄せる白波を、季節にかかわらず降る雪に見立てる。
風による浪のいそにはうぐひすも春もえしらぬ花のみぞ咲く
- 詠者
- ある人
- 状況
- 前の歌に続けて詠んだ歌。
修辞
- 見立て
- 白波を花に見立て、鶯も春も知らない花とする。
立つなみを雪か花かと吹く風ぞよせつゝ人をはかるべらなる
- 詠者
- 船のをさしける翁
- 状況
- 前の二首を受けて、船の長である翁が詠んだ歌。
修辞
- 見立て
- 前の二首の雪と花の見立てを受け、風が人をだましているとまとめる。
解説
室津(今の高知県室戸市)は、室戸岬の手前の港である。一行はこの港から岬を回る好天を待つが、雨と風のために七日近く足止めされる。正月十五日の小豆粥も炊けないままの日々が、「今日廿日あまり経ぬる」と日数を数える言葉に表れている。
十七日の場面の詩句は、唐の詩人賈島の作と伝えられる句をふまえたものとされ、書き手は「聞きかじりで聞いた」とことわっている。女性の書き手を装っているため、漢詩については知識をひけらかさない書き方をしているのである。
十八日の歌のやりとりでは、波を雪と見るか花と見るかという、古今集時代の見立ての技法が次々に用いられる。歌の巧拙を見極める目と、三十七文字の歌を笑う人々の姿には、『古今和歌集』の撰者でもあった筆者の和歌観がのぞいている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(土佐日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、8–10頁(コマ7–8)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日