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土佐日記 第8章

住吉の明神

二月五日、一行は和泉の灘を出て住吉の沖へ進む。船頭の命令の言葉が偶然和歌の形になり、鷗の群れや住の江の松を見て歌が詠まれる。亡き子の母は忘れ草を摘みたいと詠む。住吉の沖で急に逆風が吹き、船頭に促されて幣を、ついには大切な鏡を海に投じると、海は鏡のように静まる。

荒れた海に、船の上から丸い鏡を投げ入れる人(AI生成)
住吉の沖で逆風に遭い、船の上から大切な鏡を海へ投じる場面
  1. 1五日いつか五日いつかいつか、、、けふけふきょう辛から辛からからくくくしししててて和い和いい泉づみ泉づみずみののの灘なだ灘なだなだよりよりより小を小をお津づ津づつのののとまりとまりとまりをををおふおふおう。。。松まつ松まつまつ原ばら原ばらばらめめめもももはるばるはるばるはるばるなりなりなり。。。かれかれかれこれこれこれ苦くる苦くるくるしけれしけれしければばば詠よ詠よよめめめるるるうたうたうた、、、「「「ゆけゆけゆけどどどなほなほなお行ゆ行ゆゆきききやらやらやられれれぬぬぬはははいもいもいもがががうむうむうむををおつつつののの浦うら浦うらうらなるなるなるきしきしきしののの松まつ松まつまつ原ばら原ばらばら」」」
  2. 2かくかくかくいひいひいいつゞくるつゞくるつづくる程ほど程ほどほどににに「「「船ふね船ふねふね疾と疾ととくくくこげこげこげ、、、日ひ日ひひのののよきよきよきににに」」」ととと催もよほ催もよほもよおせせせばばば楫かぢ楫かぢかじ取とり取とりとり船ふな船ふなふな子こ子ここどもどもどもにににいはくいはくいわく「「「御み御みみ船ふね船ふねふねよりよりより仰おほ仰おほおおせせせたぶたぶたぶなりなりなり。。。あさあさあさぎたぎたぎたののの出い出いいででで來こ來ここぬぬぬさきさきさきににに綱つな綱つなつな手で手でではやはやはやひけひけひけ」」」ととといふいふいう。。。このこのこの詞ことば詞ことばことばののの歌うた歌うたうたのののやうやうようなるなるなるははは楫かぢ楫かぢかじ取とり取とりとりのののおのづからおのづからおのずからののの詞ことば詞ことばことばなりなりなり。。。楫かぢ楫かぢかじ取とり取とりとりはははうつたへうつたへうつたえにににわれわれわれ歌うた歌うたうたのののやうやうようなるなるなる事こと事ことこといふいふいうとととにににもももあらあらあらずずず。。。聞き聞ききくくく人ひと人ひとひとののの「「「あやしくあやしくあやしく歌うた歌うたうためきめきめきてててもももいひいひいいつるつるつるかなかなかな」」」とてとてとて書か書かかききき出いだ出いだいだせせせれれればばばげにげにげに三み三みみ十そ十そそ文も文もも字じ字じじあまりあまりあまりなりなりなりけりけりけり。。。
  3. 3今日けふ今日けふきょう浪なみ浪なみなみなななたちたちたちそそそととと、、、人ひと人ひとひと々びと々びとびとひねもすひねもすひねもすににに祈いの祈いのいのるるるしるししるししるしありありありててて風かぜ風かぜかぜ浪なみ浪なみなみたゝたゝたたずずず。。。今いま今いまいまししし鷗かもめ鷗かもめかもめむれむれむれ居ゐ居ゐいてててあそぶあそぶあそぶ所ところ所ところところありありあり。。。京きやう京きやうきょうのののちかづくちかづくちかづくよろこびよろこびよろこびのののあまりあまりあまりにににあるあるある童わらは童わらはわらわのののよめよめよめるるる歌うた歌うたうた、、、「「「いのりいのりいのりくるくるくる風かざ風かざかざ間ま間ままととと思おも思おもおもふふうをををあやなくあやなくあやなくににに鷗かもめ鷗かもめかもめさへさへさへだにだにだになみなみなみととと見み見みみゆゆゆらむらむらん」」」ととといひいひいいててて行ゆ行ゆゆくくく間あひだ間あひだあいだににに、、、石いし石いしいし津づ津づずととといふいふいう所ところ所ところところののの松まつ松まつまつ原ばら原ばらばらおもしろくおもしろくおもしろくててて濱はま濱はまはま邊べ邊べべ遠とほ遠とほとおししし。。。
  4. 4又また又またまた住すみ住すみすみ吉よし吉よしよしのののわたりわたりわたりををを漕こ漕ここぎぎぎ行ゆ行ゆゆくくく。。。あるあるある人ひと人ひとひとののの詠よ詠よよめめめるるる歌うた歌うたうた、、、「「「今いま今いまいま見み見みみてててぞぞぞ身み身みみをををばばば知し知ししりりりぬるぬるぬる住すみ住すみすみのののえええののの松まつ松まつまつよりよりよりさきさきさきにににわれわれわれははは經へ經へへにににけりけりけり」」」。。。こゝこゝここにににむかしむかしむかしつつつののの母はは母はははは、、、一ひ一ひひ日ひ日ひひ片かた片かたかた時とき時ときときももも忘わす忘わすわすれれれねねねばばばよめよめよめるるる、、、「「「住すみ住すみすみののの江え江ええににに船ふね船ふねふねさしさしさしよせよせよせよよよわすれわすれわすれ草ぐさ草ぐさぐさしるししるししるしありありありやややとととつみつみつみててて行ゆ行ゆゆくくくべくべくべく」」」とととなむなむなん。。。うつたへうつたへうつたえににに忘わす忘わすわすれれれなむなむなんとととにににはははあらあらあらででで、、、戀こひ戀こひこいしきしきしき心ここ心ここここちちちしばししばししばしやすめやすめやすめててて又また又またまたももも戀こ戀ここふるふるうる力ちから力ちからちからにににせせせむむんとととなるなるなるべしべしべし。。。
  5. 5かくかくかくいひいひいいててて眺なが眺ながながめめめつゞくるつゞくるつづくるあひだあひだあいだににに、、、ゆくりなくゆくりなくゆくりなく風かぜ風かぜかぜ吹ふ吹ふふきききてててこげこげこげどもどもどもこげこげこげどもどもどもしりへしりへしりえしぞきしぞきしぞきにににしぞきしぞきしぞきてててほとほとしくほとほとしくほとほとしくうちうちうちはめはめはめつつつべしべしべし。。。楫かぢ楫かぢかじ取とり取とりとりのののいはくいはくいわく「「「このこのこの住すみ住すみすみ吉よし吉よしよしののの明みやう明みやうみょう神じん神じんじんははは例れい例れいれいののの神かみ神かみかみぞぞぞかしかしかし。。。ほしきほしきほしきものものものぞぞぞおはすおはすおわすらむらむらん」」」とととははは今いま今いまいまめくめくめくものものものかかか。。。さてさてさて「「「幣ぬさ幣ぬさぬさをををたてまつりたてまつりたてまつり給たま給たまたまへへえ」」」ととといふいふいうにににしたがひしたがひしたがいてててぬさぬさぬさたいまつるたいまつるたいまつる。。。かくかくかくたいまつれたいまつれたいまつれどもどもどももはらもはらもはら風かぜ風かぜかぜやまやまやまででで、、、いやいやいや吹ふ吹ふふきききにににいやいやいや立た立たたちちちににに風かぜ風かぜかぜ浪なみ浪なみなみののの危あや危あやあやふけれふけれうければばば楫かぢ楫かぢかじ取とり取とりとり又また又またまたいはくいはくいわく「「「幣ぬさ幣ぬさぬさにににははは御み御みみ心こころ心こころこころのののいかいかいかねねねばばば御み御みみ船ふね船ふねふねももも行ゆ行ゆゆかかかぬぬぬなりなりなり。。。猶なほ猶なほなおうれしうれしうれしととと思おも思おもおもひひいたぶたぶたぶべきべきべき物もの物ものものたいまつりたいまつりたいまつりたべたべたべ」」」ととといふいふいう。。。
  6. 6又また又またまたいふいふいうににに從したが從したがしたがひひいててて「「「いかゞいかゞいかがはははせせせむむん」」」とてとてとて「「「眼まなこ眼まなこまなこもももこそこそこそ二ふた二ふたふたつつつあれあれあれたゞたゞただ一ひと一ひとひとつつつあるあるある鏡かゞみ鏡かゞみかがみをををたいまつるたいまつるたいまつる」」」とてとてとて海うみ海うみうみにににうちうちうちはめはめはめつれつれつればばばいといといとくちをしくちをしくちおし。。。されされさればばばうちつけうちつけうちつけににに海うみ海うみうみははは鏡かゞみ鏡かゞみかがみのののごとごとごとなりなりなりぬれぬれぬればばば、、、或ある或あるある人ひと人ひとひとのののよめよめよめるるるうたうたうた、、、「「「ちはやぶるちはやぶるちはやぶる神かみ神かみかみのののこゝろこゝろこころのののあるゝあるゝあるる海うみ海うみうみににに鏡かゞみ鏡かゞみかがみををを入い入いいれれれてててかつかつかつ見み見みみつるつるつるかなかなかな」」」。。。いたくいたくいたく住すみ住すみすみののの江え江ええののの忘わすれ忘わすれわすれ草ぐさ草ぐさぐさ、、、岸きし岸きしきしののの姫ひめ姫ひめひめ松まつ松まつまつなどなどなどいふいふいう神かみ神かみかみにににはははあらあらあらずずずかしかしかし。。。日ひ日ひひもももうつらうつらうつらうつらうつらうつら鏡かゞみ鏡かゞみかがみににに神かみ神かみかみののの心こころ心こころこころをををこそこそこそははは見み見みみつれつれつれ。。。楫かぢ楫かぢかじ取とり取とりとりののの心こころ心こころこころははは神かみ神かみかみののの御み御みみ心こころ心こころこころなりなりなりけりけりけり。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

五日。今日やっとのことで和泉の灘から小津の泊をめざして進む。松原が見渡すかぎり続いている。あの人もこの人もつらいので、詠んだ歌は、「行っても行っても、なかなか行き過ぎることができないのは、妻が紡ぐ麻の緒ではないが、小津の浦の岸の松原だ」。

このように言い続けているうちに、「船を早く漕げ。天気のよいうちに」と催促すると、船頭が船子たちに言うには、「御船からのお言いつけであるぞ。朝の北風が出て来ないうちに、綱手を早く引け」と言う。この言葉が歌のようであるのは、船頭が自然に口にした言葉である。船頭は、わざわざ自分が歌のようなことを言おうとしたわけでもない。聞いている人が「不思議と歌めいたことを言ったものだ」と言って書き出してみると、なるほど三十一文字であった。

「今日は波よ立つな」と、人々が一日中祈ったかいがあって、風も波も立たない。ちょうど今、鷗が群れて遊んでいる所がある。京が近づく喜びのあまりに、ある子どもが詠んだ歌は、「祈りながら来た、風の絶え間だと思うのに、どうしたわけか、鷗までが白い波のように見えるのだろう」と言って進んで行くうちに、石津という所の松原が趣深く、浜辺がはるかに続いている。

また、住吉のあたりを漕いで行く。ある人が詠んだ歌は、「今これを見て、わが身の老いを思い知った。住の江の長寿の松よりも先に、私は年をとってしまったことだ」。ここで、亡くなった子の母が、一日、片時も忘れないので詠んだ歌は、「住の江に船を寄せておくれ。恋しさを忘れさせるという忘れ草に、本当にききめがあるかどうか、摘んで行けるように」と。ひたすら忘れてしまおうというのではなくて、恋しい気持ちをしばらく休めて、またあらためて恋しく思う力にしようというのであろう。

このように言いながら眺め続けているうちに、思いがけず風が吹いて、漕いでも漕いでも、後ろへ後ろへと退いて、あやうく船が沈みそうになる。船頭が言うには、「この住吉の明神は、例の神様ですよ。何か欲しい物がおありなのでしょう」とは、なんと今風なことよ。そこで、「幣を差し上げてください」と言うのに従って幣を奉る。こうして奉ったけれど、まったく風はやまず、ますます吹き、ますます波が立って、風と波が危険なので、船頭がまた言うには、「幣ではお心が満足なさらないので、御船も進まないのです。もっとうれしいと思われる物を差し上げてください」と言う。

また言うのに従って、「どうしようもない」と言って、「目も二つあるのに、たった一つしかない鏡を差し上げます」と言って、海に投げ入れたので、たいへん残念だ。そうすると、たちまち海は鏡の面のように静かになったので、ある人が詠んだ歌は、「荒々しい神の心が荒れている海に鏡を投げ入れて、たちまち神の心を見たことだ」。まったく、住の江の忘れ草とか、岸の姫松とかいう、優雅な歌に詠まれる神ではないことだ。はっきりと、鏡に神の心を見たのである。船頭の心は、神のお心そのものであったのだ。

意訳

和泉の海岸を北へ進み、京に近い住吉の沖へ。旅も終わりが見えてきて、人々の気持ちは明るい。船頭の「御船より仰せたぶなり。朝北の出で来ぬ先に綱手はや引け」という命令は、本人にはそのつもりがないのに五七五七七の三十一文字になっていて、人々を面白がらせる。鷗の群れを白波と見る子どもの歌にも、京が近づく喜びがあふれている。

しかし、住吉の松を見れば老いを思い、亡き子の母は「忘れ草に本当にききめがあるか、摘んで行きたい」と詠む。書き手は、それは忘れるためではなく、恋しさをしばらく休めて、また恋しく思う力にするためだろうと解き明かす。悲しみを抱え続ける母への深い理解がこもった一文である。

住吉の沖で急に逆風が吹くと、船頭は「明神は欲しい物がおありだ」と言って幣を求め、それでもだめなら大切な鏡を出させる。鏡を海に投げ入れると嘘のように海が静まり、書き手は「住吉の神は、歌に詠まれるような風雅な神ではない。船頭の心こそ神の心だ」と皮肉る。神意を口実に物を巻き上げる船頭への、痛烈な風刺である。

語釈・文法注

むかしつ人
「昔つ人」。昔の人、亡くなった人。ここでは亡くなった娘をさし、「むかしつ人の母」はその子の母親。

文法

「いもがうむをつの浦」
「いもがうむ(妻が績む)を(麻の糸)」までが、同じ音の地名「小津(をつ)」を導く序詞。
「御船より仰せたぶなり…綱手はやひけ」
「みふねより・おほせたぶなり・あさぎたの・いでこぬさきに・つなではやひけ」と、五七五七七の三十一文字になっている。
「浪なたちそ」
禁止の「な〜そ」。波よ、立つな。
「しりへしぞきにしぞきて」
「しぞく」は退く。後ろへ後ろへと退いて。
「日もうつらうつら」
底本の本文のまま。一般には「目もうつらうつら」とする本文が知られ、はっきりと、まざまざと、の意に解されている。

和歌

ゆけどなほ行きやられぬはいもがうむをつの浦なるきしの松原

詠者
詠者不明
状況
小津の浦の、どこまでも続く松原を見て詠んだ歌。

修辞

序詞
「いもがうむを」が「をつ(小津)」を導く。

いのりくる風間と思ふをあやなくに鷗さへだになみと見ゆらむ

詠者
ある童
状況
京が近づく喜びのなかで、群れて遊ぶ鷗を見て詠んだ歌。

修辞

見立て
白い鷗の群れを白波に見立てる。

今見てぞ身をば知りぬる住のえの松よりさきにわれは經にけり

詠者
ある人
状況
住吉の松を見て、自分の老いを思って詠んだ歌。

修辞

歌枕
「住の江の松」は長寿の象徴として詠まれる歌枕。

住の江に船さしよせよわすれ草しるしありやとつみて行くべく

詠者
むかしつ人の母(亡き子の母)
状況
亡き子を一日も忘れられない母が、住吉で詠んだ歌。

修辞

歌枕
「住の江の忘れ草」は、恋しさを忘れさせる草として詠まれた。

ちはやぶる神のこゝろのあるゝ海に鏡を入れてかつ見つるかな

詠者
或人
状況
鏡を海に投げ入れると、たちまち海が静まったのを見て詠んだ歌。

修辞

枕詞
「ちはやぶる」は「神」にかかる枕詞。
掛詞
「見つる」に、鏡に映して見る意と、神の心を見てとる意を重ねる。

解説

住吉(今の大阪市住吉区)の住吉大社は、航海の守り神として古くから信仰され、遣唐使も出発に際して祈った。「住の江の松」「住の江の忘れ草」「岸の姫松」はいずれも『古今和歌集』などに詠まれた住吉の歌枕で、書き手はそうした優雅な歌のイメージと、物を欲しがる神(を口実にする船頭)との落差をからかっている。

海の神の怒りを鎮めるために鏡を投じる話は、海に宝物を捧げる古い祭祀の習俗を背景にしている。鏡は当時たいへん貴重な品であり、「目も二つあるのに、たった一つの鏡」という言葉には、惜しくてたまらない気持ちがにじむ。

亡き子の母の「忘れ草」の歌に対する書き手の解釈(恋しさを休めて、また恋うる力にする)は、悲しみを無理に忘れようとしない心のあり方を言い当てたものとして、この日記の中でもよく引かれる一節である。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(土佐日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、15–17頁(コマ10–11)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日