土佐日記 第5章
仲麻呂の歌
正月二十日、足止めが続くなか、海から昇る月を見て、唐から帰国する際に「三笠の山にいでし月かも」と詠んだ阿倍仲麻呂の故事を思い出す。二十一日にようやく室津を出ると、子どもの舟歌や黒鳥と白波の取り合わせに心を動かされ、船君は海賊を恐れて白髪の歌を詠む。

- 1十九日十九日じゅうくにち、、、日日ひあしけれあしけれあしければばば船船ふねいださいださいださずずず。。。
- 2二十日二十日はつか、、、昨日昨日きのうのののやうやうようなれなれなればばば船船ふねいださいださいださずずず、、、皆皆みな人人ひと々々びと憂憂うれへへえ歎歎なげくくく。。。苦苦くるしくしくしく心心こころもともともとなけれなけれなければばば、、、唯唯ただ日日ひののの經經へぬるぬるぬる數數かずををを、、、今日今日きょういくかいくかいくか、、、二十日二十日はつか、、、三十日三十日みそかととと數數かぞふれふれうればばば、、、およびおよびおよびもももそこなはそこなはそこなわれれれぬぬぬべしべしべし。。。いといといとわびしわびしわびし。。。夜夜よるはははいいいももも寢寢ねずずず。。。
- 3二十日二十日はつかののの夜夜よののの月月つき出出いでででにににけりけりけり。。。山山やまのののはははもももなくなくなくててて海海うみののの中中なかよりよりよりぞぞぞ出出いでででくるくるくる。。。かうやうかうやうこうようなるなるなるををを見見みてててややや、、、むかしむかしむかし安安あ倍倍べののの仲仲なか麻麻まととといひいひいいけるけるける人人ひとははは、、、もろこしもろこしもろこしににに渡渡わたりりりててて歸歸かえりりりきききけるけるける時時ときににに、、、船船ふねににに乘乘のるるるべきべきべき所所ところにににててて、、、かのかのかの國國くに人人びと馬馬うまののの餞餞はなむけししし、、、わかれわかれわかれ惜惜おしみみみててて、、、かしこかしこかしこのののからからからうたうたうた作作つくりりりなどなどなどしししけるけるけるあかあかあかずずずやややありありありけむけむけん、、、二十日二十日はつかののの夜夜よののの月月つき出出いづるづるずるまでまでまでぞぞぞありありありけるけるける。。。そのそのその月月つきははは海海うみよりよりよりぞぞぞ出出いでででけるけるける。。。
- 4これこれこれををを見見みてててぞぞぞ仲仲なか麻麻ま呂呂ろのののぬしぬしぬし「「「我我わががが國國くににににはははかゝるかゝるかかる歌歌うたをををなむなむなん神神かみ代代よよりよりより神神かみもももよんよんよんたびたびたび、、、今今いまははは上上かみ中中なか下下しもののの人人ひともももかうやうかうやうこうようににに別別わかれれれ惜惜おしみみみ、、、よろこびよろこびよろこびもももありありあり、、、かなしみかなしみかなしみもももあるあるある時時ときにににははは詠詠よむむむ」」」とてとてとてよめよめよめりりりけるけるける歌歌うた、、、「「「あをあをあおうなばらうなばらうなばらふりふりふりさけさけさけ見見みれれればばば春春かす日日がなるなるなる三三み笠笠かさののの山山やまにににいでいでいでししし月月つきかもかもかも」」」とととぞぞぞよめよめよめりりりけるけるける。。。
- 5かのかのかの國國くにののの人人ひと聞聞きききき知知しるるるまじくまじくまじくおもほえおもほえおもおえたれたれたれどもどもども、、、ことことことののの心心こころををを男男おとこ文文も字字じにににさまさまさまををを書書かききき出出いだしししててて、、、こゝこゝここののの詞詞ことば傳傳つたへへえたるたるたる人人ひとにににいひいひいい知知しらせらせらせけれけれければばば、、、心心こころをををややや聞聞きききき得得えたりたりたりけむけむけん、、、いといといと思思おもひひいののの外外ほかににになむなむなんめでめでめでけるけるける。。。もろこしもろこしもろこしとととこのこのこの國國くにとととはははことことことことことことなるなるなるものものものなれなれなれどどど、、、月月つきののの影影かげははは同同おなじじじことことことなるなるなるべけれべけれべければばば人人ひとののの心心こころももも同同おなじじじことことことにににやややあらあらあらむむん。。。さてさてさて今今いまそのかみそのかみそのかみををを思思おもひひいやりやりやりててて、、、或或ある人人ひとのののよめよめよめるるる歌歌うた、、、「「「都都みやこにににてててやまやまやまのののはははににに見見みししし月月つきなれなれなれどどどなみなみなみよりよりより出出いでででゝゝてなみなみなみにににこそこそこそ入入いれれれ」」」。。。
- 6廿一日廿一日にじゅういちにち、、、卯卯うののの時時ときばかりばかりばかりににに船船ふな出出ですすす。。。皆皆みな人人ひと々々びとののの船船ふね出出いづづず。。。これこれこれををを見見みれれればばば春春はるののの海海うみににに秋秋あきののの木木こののの葉葉はしもしもしも散散ちれれれるるるやうやうようにににぞぞぞありありありけるけるける。。。おぼろげおぼろげおぼろげののの願願がんににに依依よりりりてててにににやややあらあらあらむむん、、、風風かぜももも吹吹ふかかかずずずよきよきよき日日ひいでいでいできききててて漕漕こぎぎぎ行行ゆくくく。。。このこのこの間間あいだにににつかはつかはつかわれれれむむんとてとてとて、、、附附つきききてててくるくるくる童童わらわありありあり。。。それそれそれがががうたふうたふうたう舟舟ふなうたうたうた、、、「「「なほなほなおこそこそこそ國國くにのののかたかたかたははは見見みやらやらやらるれるれるれ、、、わがわがわが父父ちち母母ははありありありとととしししおもへおもへおもえばばば。。。かへらかへらかえらややや」」」とととうたふうたふうたうぞぞぞ哀哀あわれなるなるなる。。。
- 7かくかくかくうたふうたふうたうををを聞聞ききききつゝつゝつつ漕漕こぎぎぎくるくるくるににに、、、くろくろくろとりとりとりととといふいふいう鳥鳥とり岩岩いわのののうへうへうえににに集集あつまりりり居居おりりり。。。そのそのその岩岩いわのののもともともとににに浪浪なみしろくしろくしろくうちうちうち寄寄よすすす。。。楫楫かじ取取とりのののいふいふいうやうやうよう「「「黑黑くろ鳥鳥とりのののもともともとににに白白しろききき浪浪なみをををよすよすよす」」」とととぞぞぞいふいふいう。。。このこのこの詞詞ことば何何なにとととにににはははなけれなけれなけれどどど、、、ものものものいふいふいうやうやうようにににぞぞぞ聞聞きこえええたるたるたる。。。人人ひとののの程程ほどにににあはあはあわねねねばばば咎咎とがむるむるむるなりなりなり。。。
- 8かくかくかくいひいひいいつゝつゝつつ行行ゆくくくににに、、、船船ふな君君ぎみなるなるなる人人ひと浪浪なみををを見見みててて、、、國國くによりよりよりはじめはじめはじめててて海海かい賊賊ぞく報報むくいいいせせせむむんととといふいふいうなるなるなる事事ことををを思思おもふふううへうへうえににに、、、海海うみののの又又またおそろしけれおそろしけれおそろしければばば、、、頭頭かしらももも皆皆みなしらけしらけしらけぬぬぬ。。。七七しち十十じゅう八八はち十十じゅうははは海海うみにににあるあるあるものものものなりなりなりけりけりけり。。。「「「わがわがわが髪髪かみのののゆきゆきゆきととといそいそいそべべべのののしらしらしら浪浪なみととといづれいづれいずれまされまされまされりりりおきおきおきつつつ島島しまもりもりもり」」」楫楫かじ取取とりいへいへいえ。。。
- 9廿二日廿二日にじゅうににち、、、よんべよんべよんべのののとまりとまりとまりよりよりよりことことことゞまりゞまりどまりをををおひおひおいてててぞぞぞ行行ゆくくく。。。遙遙はるかににに山山やま見見みゆゆゆ。。。年年とし九九ここのつつつばかりばかりばかりなるなるなるをををののの童童わらわ、、、年年としよりよりよりははは幼幼おさなくくくぞぞぞあるあるある。。。このこのこの童童わらわ、、、船船ふねををを漕漕こぐぐぐまにまにまにまにまにまに、、、山山やまももも行行ゆくくくととと見見みゆるゆるゆるををを見見みててて、、、あやしきあやしきあやしきことことこと歌歌うたをををぞぞぞよめよめよめるるる。。。そのそのそのうたうたうた、、、「「「漕漕こぎぎぎててて行行ゆくくく船船ふねにににててて見見みれれればばばあしびきあしびきあしびきののの山山やまさへさへさへゆくゆくゆくををを松松まつははは知知しらららずずずややや」」」とととぞぞぞいへいへいえるるる。。。幼幼おさなききき童童わらわのののことことことにににてててははは似似につかはしつかはしつかわし。。。
- 10けふけふきょう海海うみあらげあらげあらげにににててて磯磯いそににに雪雪ゆきふりふりふり浪浪なみののの花花はなさけさけさけりりり。。。あるあるある人人ひとのののよめよめよめるるる。。。「「「浪浪なみとととのみのみのみひとへひとへひとえににに聞聞きけけけどどどいろいろいろ見見みれれればばば雪雪ゆきととと花花はなとととにににまがひまがひまがいけるけるけるかなかなかな」」」。。。
- 11廿三日廿三日にじゅうさんにち、、、日日ひてりてりてりててて曇曇くもりりりぬぬぬ。。。此此このののわたりわたりわたり、、、海海かい賊賊ぞくのののおそりおそりおそりありありありととといへいへいえばばば神神かみ佛佛ほとけををを祈祈いのるるる。。。
- 12廿四日廿四日にじゅうしにち、、、昨日昨日きのうのののおなじおなじおなじ所所ところなりなりなり。。。
- 13廿五日廿五日にじゅうごにち、、、楫楫かじ取取とりらららののの北北きた風風かぜあしあしあしととといへいへいえばばば、、、船船ふねいださいださいださずずず。。。海海かい賊賊ぞく追追おひひいくくくととといふいふいう事事こと絕絕たえええずずずきこゆきこゆきこゆ。。。
現代語訳
十九日。天候が悪いので船を出さない。
二十日。昨日と同じような天気なので船を出さない。みな人々は心配して嘆く。つらく、待ち遠しいので、ただ過ぎた日数を、今日で何日、二十日、三十日と指を折って数えるので、指も傷んでしまいそうだ。たいそうつらい。夜は眠ることもできない。
二十日の夜の月が出た。山の端もなくて、海の中から出てくる。このような光景を見たのだろうか、昔、阿倍仲麻呂といった人は、唐に渡って、帰って来ようとしたときに、船に乗る所で、あの国の人々が送別の宴をし、別れを惜しんで、あちらの漢詩を作ったりなどしたが、名残が尽きなかったのだろうか、二十日の夜の月が出るまでそこにいた。その月は海から出たのだった。
これを見て、仲麻呂殿は、「わが国では、こうした歌を、神代から神様もお詠みになり、今では身分の上中下の人も、このように別れを惜しんだり、喜びがあったり、悲しみがあったりするときには詠むのです」と言って詠んだ歌は、「青々とした海原をはるかに振り仰いで見ると、月が出ている。あれは故郷の春日にある三笠の山に出たのと同じ月なのだなあ」と詠んだのだった。
あの国の人には聞いてもわからないだろうと思われたけれど、歌の意味を漢字で大体のところを書き出して、日本の言葉のわかる人に説明して聞かせたところ、歌の心を理解できたのだろうか、たいそう思いのほかに感心したのだった。唐とこの国とでは言葉は異なるけれど、月の光は同じであるはずだから、人の心も同じなのだろうか。さて、今そのころのことを思いやって、ある人が詠んだ歌は、「都では山の端に見た月だけれど、ここでは波から出て、波に沈んでいくことだ」。
二十一日。午前六時ごろに船を出す。ほかの人々の船もみな出発する。これを見ると、春の海に秋の木の葉が散っているようであった。並々でない願をかけたおかげだろうか、風も吹かず、よい天気になって漕いで行く。このあいだに、召し使われようとしてついて来た子どもがいる。その子が歌う舟歌は、「やっぱり故郷の国の方角が自然と見やられることだ。父や母がいると思うと。帰りたいなあ」と歌うのがしみじみと哀れである。
このように歌うのを聞きながら漕いで来ると、黒鳥という鳥が岩の上に集まってとまっている。その岩のもとに、波が白く打ち寄せている。船頭が言うことには、「黒い鳥のもとに白い波を寄せる」と言う。この言葉は特にどうということはないけれど、気のきいたことを言っているように聞こえた。船頭という身分にふさわしくないので、目にとまるのである。
このように言いながら進んで行くと、船君である人が波を見て、土佐の国にいたときから「海賊が仕返しをしようとしている」と聞いていたことを思うのに加えて、海がまた恐ろしいので、頭もすっかり白くなってしまった。七十歳、八十歳というのは、海にあるものだったのだ。「私の髪の雪のような白さと、磯辺の白波と、どちらがまさっているか。沖の島守よ」。船頭よ、言ってくれ。
二十二日。昨夜の港から、別の港をめざして進んで行く。はるかに山が見える。九歳ぐらいの男の子で、年のわりには幼い子がいる。この子が、船を漕ぐにつれて、山も動いて行くように見えるのを見て、思いがけないことに歌を詠んだ。その歌は、「漕いで行く船から見ると、山まで動いて行くのに、松はそれを知らないのだろうか」と言った。幼い子の言葉としてはふさわしい。
今日は海が荒れ模様で、磯には雪が降り、波の花が咲いている。ある人が詠んだ歌は、「波だとばかり一途に聞いていたけれど、その色を見ると、雪と花とに見まがうことだ」。
二十三日。日が照ってから曇った。このあたりは海賊の心配があるというので、神仏に祈る。
二十四日。昨日と同じ所である。
二十五日。船頭たちが「北風がよくない」と言うので、船を出さない。海賊が追って来るといううわさが絶えず聞こえる。
意訳
二十日の夜、海から昇る月を見た書き手は、遣唐留学生として唐に渡り、ついに帰国できなかった阿倍仲麻呂の故事を思い出す。仲麻呂は帰国の船出の宴で、海から昇る月に故郷の三笠山の月を重ねて歌を詠み、唐の人々も漢字で意味を知って感動したという。言葉は違っても、月の光は同じであるように人の心も同じだ、という書き手の言葉には、和歌の力への信頼がこめられている。
二十一日、ようやく室津を出た一行の船は、春の海に散る秋の木の葉のように頼りない。故郷の父母を思う子どもの舟歌、「黒鳥のもとに白き浪を寄す」という船頭の思わぬ名文句が、旅の哀愁とおかしみを添える。一方、船君は海賊の報復を恐れて一気に白髪になり、「わが髪の雪と磯辺の白波と、どちらが白いか」と沖の島守に問いかける。国司として海賊を取り締まった立場ゆえの恐れが、この先の旅に影を落とし始める。
語釈・文法注
- 安倍の仲麻呂
- 阿倍仲麻呂(698〜770)。遣唐留学生として唐に渡り、玄宗に仕えた。帰国の船が難破して果たせず、唐で没した。
文法
- 「およびもそこなはれぬべし」
- 「および」は指。指を折って日を数えるので、指も傷んでしまいそうだ。
- 「神もよんたび」
- 「詠みたび」の撥音便。「たぶ」は尊敬の補助動詞で、神様もお詠みになり。
- 「ことことなるものなれど」
- 「言(こと)異(こと)なる」。言葉は異なるけれど。
- 「楫取いへ」
- 底本のまま。命令形で、船頭よ、言ってみよ、と答えを求める意に解した。
和歌
あをうなばらふりさけ見れば春日なる三笠の山にいでし月かも
- 詠者
- 阿倍仲麻呂
- 状況
- 唐から帰国する際、送別の宴で、海から昇る月を見て故郷をしのんで詠んだ歌。
修辞
- 本文の違い
- 『古今和歌集』や百人一首では「天の原ふりさけ見れば」。この日記では海辺の場面に合わせて「あをうなばら」とする。
都にてやまのはに見し月なれどなみより出でゝなみにこそ入れ
- 詠者
- 或人
- 状況
- 仲麻呂の故事を思いやり、海から出て海に沈む月を詠んだ歌。
修辞
- 対比
- 都の「山の端」と旅先の「波」を対比する。
わが髪のゆきといそべのしら浪といづれまされりおきつ島もり
- 詠者
- 船君
- 状況
- 海賊の報復と荒海を恐れて白髪になった船君が詠んだ歌。
修辞
- 見立て
- 白髪を雪に見立て、白波と白さを比べる。
- 呼びかけ
- 「おきつ島もり」(沖の島の番人)に判定を求める。
漕ぎて行く船にて見ればあしびきの山さへゆくを松は知らずや
- 詠者
- 九歳ほどの男の童
- 状況
- 船から見ると山が動いて行くように見えるのを、子どもが詠んだ歌。
修辞
- 枕詞
- 「あしびきの」は「山」にかかる枕詞。
浪とのみひとへに聞けどいろ見れば雪と花とにまがひけるかな
- 詠者
- ある人
- 状況
- 二十二日、荒れた海の白波を見て詠んだ歌。
修辞
- 見立て
- 白波を雪と花に見立てる。
解説
仲麻呂の歌は『古今和歌集』羇旅の巻頭に「天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも」として載り、のちに百人一首(第7首)にも選ばれた。『古今和歌集』の左注は、唐の明州の海辺で送別の宴が開かれたとき、月を見て詠んだと伝える。この日記では、海から昇る月の場面にふさわしく「あをうなばら」となっている。
「言葉は異なっても月の光は同じ、だから人の心も同じだろう」という一節は、『古今和歌集』仮名序で「やまとうたは、人の心を種として」と述べた紀貫之の和歌観と響き合うものとして、しばしば取り上げられる。
二十一日に室津を発った一行は、室戸岬を回って阿波(今の徳島県)の海岸を北へ進む。国司の在任中に海賊を取り締まったために報復を恐れるという話は、承平・天慶のころの瀬戸内海で海賊が活動していた史実を背景にしている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(土佐日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、10–12頁(コマ8–9)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日