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土佐日記 第6章

海賊を恐れて

正月二十六日、海賊が追って来るといううわさに、一行は夜中に船を出す。手向けの幣が東へ散ると船頭は順風を祈り、追い風に喜ぶ。足止めの日には都の遠さを嘆き、二十九日の子の日には、小松も若菜もない海の上で子の日の歌を詠む。「土佐の泊」という地名に、土佐を思う女もいる。

夜明け前の暗い海を、帆を上げて急ぎ進む船(AI生成)
海賊のうわさを恐れ、一行が夜明け前の海へひそかに船を出す場面
  1. 1廿六日にじふろくにち廿六日にじふろくにちにじゅうろくにち、、、まことまことまことにににやややあらあらあらむむん、、、海かい海かいかい賊ぞく賊ぞくぞく追お追おおふふうととといへいへいえばばば夜よ夜よよははわばかりばかりばかりよりよりより船ふね船ふねふねをををいだしいだしいだしててて漕こ漕ここぎぎぎくるくるくる。。。道みち道みちみちにににするするする所ところ所ところところありありあり。。。楫かぢ楫かぢかじ取とり取とりとりしししてててぬさぬさぬさたいまつらたいまつらたいまつらするするするににに、、、幣ぬさ幣ぬさぬさのののひんがしひんがしひんがしへへへちれちれちればばば楫かぢ楫かぢかじ取とり取とりとりののの申まう申まうもうししし奉たてまつ奉たてまつたてまつるるることことことははは、、、「「「このこのこの幣ぬさ幣ぬさぬさのののちるちるちるかたかたかたにににみふねみふねみふね速すみやか速すみやかすみやかにににこがこがこがしめしめしめ給たま給たまたまへへえ」」」ととと申まう申まうもうしししてててたてまつるたてまつるたてまつる。。。
  2. 2これこれこれををを聞き聞きききききてててあるあるある女め女めめののの童わらは童わらはわらわのののよめよめよめるるる、、、「「「わたつみわたつみわたつみのののちぶりちぶりちぶりのののにににたむけたむけたむけするするするぬさぬさぬさのののおひおひおい風かぜ風かぜかぜやまやまやまずずずふかふかふかなむなむなん」」」とととぞぞぞ詠よ詠よよめめめるるる。。。このこのこのあひだあひだあいだににに風かぜ風かぜかぜのののよけれよけれよければばば楫かぢ楫かぢかじ取とり取とりとりいたくいたくいたくほこりほこりほこりててて、、、船ふね船ふねふねににに帆ほ帆ほほあげあげあげなどなどなど喜よろこ喜よろこよろこぶぶぶ。。。そのそのその音おと音おとおとををを聞き聞きききききてててわらはわらはわらわもももおきなおきなおきなもももいつしかいつしかいつしかとととししし思おも思おもおもへへえばばばにににやややあらあらあらむむん、、、いたくいたくいたく喜よろこ喜よろこよろこぶぶぶ。。。このこのこのなかなかなかににに淡あは淡あはあわ路ぢ路ぢじのののたうめたうめとうめととといふいふいう人ひと人ひとひとのののよめよめよめるるる歌うた歌うたうた、、、「「「追おひ追おひおい風て風ててののの吹ふ吹ふふきききぬるぬるぬる時とき時ときときはははゆくゆくゆくふねふねふねののの帆ほ帆ほほ手て手ててうちうちうちてててこそこそこそうれしかりうれしかりうれしかりけれけれけれ」」」とととぞぞぞ。。。ていけていけていけのののことことことにににつけつけつけててていのるいのるいのる。。。
  3. 3廿七日にじふしちにち廿七日にじふしちにちにじゅうしちにち、、、風かぜ風かぜかぜ吹ふ吹ふふききき浪なみ浪なみなみあらけれあらけれあらければばば船ふね船ふねふねいださいださいださずずず。。。これこれこれかれかれかれかしこくかしこくかしこく歎なげ歎なげなげくくく。。。男をとこ男をとこおとこたちたちたちののの心こころ心こころこころなぐさめなぐさめなぐさめににに、、、からからからうたうたうたににに「「「日ひ日ひひををを望のぞ望のぞのぞめめめばばば都みやこ都みやこみやこ遠とほ遠とほとおししし」」」などなどなどいふいふいうなるなるなる事こと事ことことのののさまさまさまををを聞き聞きききききててて、、、あるあるある女をんな女をんなおんなのののよめよめよめるるる歌うた歌うたうた、、、「「「日ひ日ひひをををだにだにだにもももあまあまあま雲ぐも雲ぐもぐもちかくちかくちかく見み見みみるるるものものものををを都みやこ都みやこみやこへへへとととおもふおもふおもう道みち道みちみちのののはるけさはるけさはるけさ」」」。。。又また又またまたあるあるある人ひと人ひとひとのののよめよめよめるるる「「「吹ふ吹ふふくくくかぜかぜかぜののの絕た絕たたえええぬぬぬ限かぎ限かぎかぎりりりししし立た立たたちちちくれくれくればばば波なみ波なみなみ路ぢ路ぢじはははいとゞいとゞいとどはるけかりはるけかりはるけかりけりけりけり」」」。。。日ひ日ひひひとひとひと日ひ日ひひ風かぜ風かぜかぜやまやまやまずずず。。。つまはじきつまはじきつまはじきしししてててねねねぬぬぬ。。。
  4. 4廿八日にじふはちにち廿八日にじふはちにちにじゅうはちにち、、、よもすがらよもすがらよもすがら雨あめ雨あめあめやまやまやまずずず。。。けさけさけさももも。。。
  5. 5廿九日にじふくにち廿九日にじふくにちにじゅうくにち、、、船ふな船ふなふな出で出ででしししててて行ゆ行ゆゆくくく。。。うらうらうらうらうらうらととと照て照ててりりりてててこぎこぎこぎゆくゆくゆく。。。爪つめ爪つめつめのののいといといと長なが長ながながくくくなりなりなりにににたるたるたるををを見み見みみててて日ひ日ひひををを數かぞ數かぞかぞふれふれうればばば、、、今日けふ今日けふきょうははは子ね子ねねのののなりなりなりけれけれければばば切き切ききらららずずず。。。正しやう正しやうしょう月ぐわつ月ぐわつがつなれなれなればばば京きやう京きやうきょうののの子ね子ねねののの日ひ日ひひののの事こと事ことこといひいひいい出い出いいでででゝゝて、、、「「「小こ小ここ松まつ松まつまつもがなもがなもがな」」」ととといへいへいえどどど海うみ海うみうみ中なか中なかなかなれなれなればばば難かた難かたかたしししかしかしかし。。。あるあるある女をんな女をんなおんなののの書か書かかきききててて出いだ出いだいだせせせるるる歌うた歌うたうた、、、「「「おぼつかなおぼつかなおぼつかなけふけふきょうははは子ね子ねねののの日ひ日ひひかかかあまあまあまならならならばばば海み海みみ松る松るるをををだにだにだに引ひ引ひひかかかましましましものものものををを」」」とととぞぞぞいへいへいえるるる。。。海うみ海うみうみにににててて子ね子ねねののの日ひ日ひひののの歌うた歌うたうたにににてててはははいかゞいかゞいかがあらあらあらむむん。。。又また又またまたあるあるある人ひと人ひとひとのののよめよめよめるるるうたうたうた、、、「「「けふけふきょうなれなれなれどどど若わか若わかわか菜な菜ななもももつまつまつまずずず春かす春かすかす日が日がが野の野のののののわがわがわがこぎこぎこぎわたるわたるわたる浦うら浦うらうらににになけれなけれなければばば」」」。。。
  6. 6かくかくかくいひいひいいつゝつゝつつ漕こ漕ここぎぎぎ行ゆ行ゆゆくくく。。。おもしろきおもしろきおもしろき所ところ所ところところににに船ふね船ふねふねををを寄よ寄よよせせせててて「「「こゝこゝここやややいづこいづこいずこ」」」ととと問と問ととひひいけれけれければばば、、、「「「土と土とと佐さ佐ささのののとまりとまりとまり」」」とととぞぞぞいひいひいいけるけるける。。。昔むかし昔むかしむかし土と土とと佐さ佐ささととといひいひいいけるけるける所ところ所ところところににに住す住すすみみみけるけるける女をんな女をんなおんな、、、このこのこの船ふね船ふねふねにににまじれまじれまじれりりりけりけりけり。。。そそそがががいひいひいいけらくけらくけらく、、、「「「昔むかし昔むかしむかししばししばししばしありありありししし所ところ所ところところののの名な名ななたぐひたぐひたぐいにににぞぞぞあああなるなるなる。。。あはれあはれあわれ」」」ととといひいひいいてててよめよめよめるるる歌うた歌うたうた、、、「「「年とし年としとしごろごろごろをををすみすみすみししし所ところ所ところところののの名な名ななにににしししおへおへおえばばばきききよるよるよる浪なみ浪なみなみをををもももあはれあはれあわれとととぞぞぞ見み見みみるるる」」」。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

二十六日。本当だろうか、海賊が追って来ると言うので、夜中ごろから船を出して漕いで来る。途中に手向けをする所がある。船頭に幣を差し上げさせると、幣が東の方へ散ったので、船頭が申し上げることには、「この幣の散る方角に、御船を速く漕がせてください」と申して奉納する。

これを聞いて、ある女の子が詠んだ歌は、「海の航海を守るちぶりの神に手向ける幣を吹き散らす追い風よ、やまずに吹き続けてほしい」と詠んだ。このとき、風がよいので、船頭はたいそう得意になって、船に帆を上げたりなどして喜ぶ。その音を聞いて、子どもも老人も、早く都に着きたいと思っているからだろうか、たいそう喜ぶ。そのなかで、淡路の老女という人が詠んだ歌は、「追い風が吹いたときは、進む船の帆綱が手を打つように鳴って、本当にうれしいことだ」とか。天気のことについて祈る。

二十七日。風が吹き、波が荒いので船を出さない。誰もかれもがひどく嘆く。男たちが心をなぐさめるために、漢詩に「日を望めば都遠し」などと言う句の内容を聞いて、ある女が詠んだ歌は、「太陽さえも天の雲の近くに見えるのに、都へ帰ろうと思う道のなんと遠いことか」。また、ある人が詠んだ歌は、「吹く風が絶えないかぎり波が立って来るので、波路はいっそう遠いことだ」。一日中風がやまない。つまはじきをして寝た。

二十八日。一晩中雨がやまない。今朝も降っている。

二十九日。船を出して進む。うららかに日が照って、漕いで行く。爪がたいそう長くなっているのを見て日を数えると、今日は子の日だったので切らない。正月なので、京の子の日のことを言い出して、「小松があればなあ」と言うけれど、海の上なので難しいことだ。ある女が書いて差し出した歌は、「はっきりしないけれど、今日は子の日だろうか。海女であったなら、せめて海松(みる)だけでも引くのに」と言った。海で詠む子の日の歌としては、どうだろうか。また、ある人が詠んだ歌は、「今日は子の日だけれど、若菜も摘まない。春日野は、私が漕ぎ渡る浦にはないので」。

このように言いながら漕いで行く。景色のよい所に船を寄せて、「ここはどこか」と尋ねると、「土佐の泊」と言った。昔、土佐という所に住んでいた女が、この船にまじっていた。その女が言うことには、「昔しばらく住んでいた所と同じ名のようですね。なつかしい」と言って詠んだ歌は、「長年住んでいた所と同じ名を持っているので、寄せて来る波までもしみじみなつかしく見ることです」。

意訳

海賊の報復を恐れる一行は、夜中に船を出して先を急ぐ。手向けの幣が東(都の方角)に散ったのを吉兆として、船頭は神に順風を祈り、追い風に帆を上げて得意になる。都へ帰りたい一心の人々の喜びが、子どもから老人まで一つになる場面である。

一方で、天候が悪ければ、「日は近く見えても都は遠い」と嘆き、つまはじきをして寝るしかない。正月の子の日には、都なら小松を引き若菜を摘むところを、海の上では海松(みる)を引くこともできないと歌う。旅の日々が、都の年中行事を思い出させるたびに、帰りたい思いが強まっていく。最後に、阿波の「土佐の泊」で、土佐に住んでいた女が同じ地名をなつかしむ歌は、去ってきたばかりの土佐への思いをさりげなく呼び起こしている。

語釈・文法注

たむけ
「手向け」。旅の途中の峠や岬などで、道の神に幣を奉って旅の安全を祈ること。
ちぶりの神
航海を守る神とされる。
子の日
正月の最初の子の日。野に出て小松を引き、若菜を摘んで長寿を祈る行事(子の日の遊び)があった。また、子の日に爪を切るのを忌む習慣があった。

文法

「夜はばかりより」
底本のまま。「夜半(よは)ばかり」で、夜中ごろから、の意。
「楫取してぬさたいまつらするに」
「たいまつる」は「たてまつる」の音便。「して」は使役の対象を示す。船頭に幣を奉らせると。
「ふかなむ」
「なむ」は未然形に付く、他に対する願望の終助詞。吹いてほしい。
「名たぐひにぞあなる」
「あなる」は「あるなる」の撥音便「あんなる」の「ん」を表記しないかたち。「なる」は推定。同じ名であるようだ。

和歌

わたつみのちぶりの神にたむけするぬさのおひ風やまずふかなむ

詠者
ある女の童
状況
手向けの幣が都の方角へ散ったのを受けて、追い風を願って詠んだ歌。

追風の吹きぬる時はゆくふねの帆手うちてこそうれしかりけれ

詠者
淡路のたうめ
状況
追い風に帆を上げて人々が喜ぶなかで詠んだ歌。

修辞

掛詞
「帆手うちて」に、帆綱が鳴る意と、手を打って喜ぶ意をかける。

日をだにもあま雲ちかく見るものを都へとおもふ道のはるけさ

詠者
ある女
状況
「日を望めば都遠し」という漢詩の句を聞いて詠んだ歌。

修辞

典拠
晋の明帝が幼いとき、「長安と日とどちらが遠いか」と問われて答えた故事をふまえる。

吹くかぜの絕えぬ限りし立ちくれば波路はいとゞはるけかりけり

詠者
ある人
状況
前の歌に続けて、風がやまず波が立つのを嘆いた歌。

おぼつかなけふは子の日かあまならば海松をだに引かましものを

詠者
ある女
状況
正月二十九日の子の日に、海の上で詠んだ歌。

修辞

掛詞
子の日の行事で小松を「引く」ことに、海松(みる)を「引く」ことを重ねる。

けふなれど若菜もつまず春日野のわがこぎわたる浦になければ

詠者
ある人
状況
同じく子の日に、若菜を摘めないことを詠んだ歌。

修辞

歌枕
若菜摘みの名所である「春日野」を詠みこむ。

年ごろをすみし所の名にしおへばきよる浪をもあはれとぞ見る

詠者
昔土佐に住んでいた女
状況
阿波の「土佐の泊」で、自分が住んでいた土佐と同じ名をなつかしんで詠んだ歌。

解説

一行は阿波の海岸を北へ進み、鳴門海峡(阿波の水門)を渡る機会をうかがっている。海賊の追跡を恐れて夜中に船を出すのは、当時の海賊が瀬戸内海の交通を実際に脅かしていたことを示している。

「日を望めば都遠し」は、晋の明帝が幼いころ、長安から来た使者を見て「日は見えるが長安は見えない、だから長安のほうが遠い」と答えたという故事(『世説新語』など)に由来する句である。男たちの漢詩の素養を、女の書き手が「聞いて」歌に詠みかえるという構図は、この日記にくり返し現れる。

子の日に爪を切らないのは、子の日に爪を切ることを忌んだ当時の習慣による。正月の子の日の遊びは、宮廷では小松引きや若菜摘みとして行われ、和歌の題としてもよく詠まれた。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(土佐日記) 板倉屋書房、明治36年(1903)、12–13頁(コマ9)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日