新古今和歌集 序
真名序(一)
和歌は多くの徳と福の源であることを説き、歌の効用を述べたうえで、五人の撰者に詔して歌を集めさせ、新古今和歌集と名づけたことを記す。

- 1夫夫それれれ和歌和歌わかははは群德群德ぐんとくののの祖祖そ、、、百福百福ひゃくふくののの宗宗そうなりなりなり。。。玄象玄象げんしょう天成天成てんなりてりてりて五際五際ごさい六情六情りくじょうののの義義ぎ未未いまだだだ著著あらはれずはれずわれず、、、素鵞素鵞すが地靜地靜ちしずかにしてかにしてかにして三十一字三十一字みそひともじののの詠詠えい甫甫はじめてめてめて興興おこるるる。。。爾來爾來じらい源流源流げんりゅう寔寔まことににに繁繁しげくくく、、、長短長短ちょうたん異異ことなりとなりとなりと雖雖いえどももも、、、或或あるいははは下情下情かじょうををを舒舒のべてべてべて聞聞ぶんににに達達たっししし、、、或或あるいははは上德上德じょうとくををを宣宣のべてべてべて化化かををを致致ちししし、、、或或あるいははは遊宴遊宴ゆうえんににに屬屬ぞくしてしてして懷懷おもいををを書書しょししし、、、或或あるいははは艶色艶色えんしょくををを採採とりてりてりて言言ことををを寄寄よすすす。。。誠誠まことににに是是これれれ世世よををを理理おさめめめ民民たみををを撫撫なづるのづるのずるの鴻徽鴻徽こうき、、、心心こころををを賞賞しょうししし事事ことををを樂樂たのしむのしむのしむの龜鑑龜鑑きかんなるなるなる者者ものなりなりなり。。。夫和歌者群德之祖、百福之宗也。玄象天成五際六情之義未著、素鵞地靜三十一字之詠甫興。爾來源流寔繁、長短雖異、或舒下情而達聞、或宣上德而致化、或屬遊宴而書懷、或採艶色而寄言。誠是理世撫民之鴻徽、賞心樂事之龜鑑者也。
- 2是是これををを以以もっててて聖代明時聖代明時せいだいめいじ、、、集集あつめてめてめて之之これををを錄錄ろくししし、、、各各おのおの精微精微せいびををを窮窮きわむむむ、、、何何なにををを以以もってかてかてか漏脫漏脫ろうだつせむせむせむ。。。然然しかれどもれどもれども猶猶なお崑嶺崑嶺こんれいののの玉玉たまははは之之これををを採採とれどもれどもれども餘餘あまりりり有有ありりり、、、鄧林鄧林とうりんののの材材ざいははは之之これををを伐伐きれどもれどもれども盡盡つくることくることくること無無なししし。。。物物もの既既すでににに此此こののの如如ごとししし。。。歌歌うたももも亦亦また宜宜よろしくしくしく然然しかるべしるべしるべし。。。是以聖代明時、集而錄之、各窮精微、何以漏脫。然猶崑嶺之玉採之有餘、鄧林之材伐之無盡。物既如此。歌亦宜然。
- 3仍仍よりてりてりて參議參議さんぎ右衞門督右衞門督うえもんのかみ源朝臣通具源朝臣通具みなもとのあそんみちとも、、、大藏卿大藏卿おおくらきょう藤原朝臣有家藤原朝臣有家ふじわらのあそんありいえ、、、左近衞權中將左近衞權中將さこんえのごんのちゅうじょう藤原朝臣定家藤原朝臣定家ふじわらのあそんさだいえ、、、前上總介前上總介さきのかずさのすけ藤原朝臣家隆藤原朝臣家隆ふじわらのあそんいえたか、、、左近衞權少將左近衞權少將さこんえのごんのしょうしょう藤原朝臣雅經藤原朝臣雅經ふじわらのあそんまさつね等等らににに詔詔みことのりしてしてして、、、貴賤高下貴賤高下きせんこうげををを擇擇えらばずばずばず、、、錦句玉章錦句玉章きんくぎょくしょうををを撫撫ひろはしめはしめわしめ、、、神明神明しんめいののの詞詞ことば、、、佛佗佛佗ぶつだののの作作さくももも、、、希夷希夷きいををを表表あらわさむがさむがさむが爲爲ためににに雜雜まじへてへてえて同同おなじくじくじく隷隷れいせしむせしむせしむ。。。曩昔曩昔のうじゃくよりよりより始始はじめてめてめて當時當時とうじににに迄迄いたるまでるまでるまで、、、彼此彼此ひし總總すべべべ編編あみてみてみて、、、各各おのおの呈進呈進ていしんせしむせしむせしむ。。。仍詔參議右衞門督源朝臣通具、大藏卿藤原朝臣有家、左近衞權中將藤原朝臣定家、前上總介藤原朝臣家隆、左近衞權少將藤原朝臣雅經等、不擇貴賤高下、令撫錦句玉章、神明之詞、佛佗之作、爲表希夷雜而同隷。始於曩昔、迄于當時、彼此總編、各俾呈進。
- 4玄圃玄圃げんぽ花花はな芳芳こうばしきしきしき朝朝あさ、、、璅砌璅砌そうせい風涼風涼かぜすずしきしきしき夕夕ゆうべににに至至いたるるる每每ごとににに、、、難波津難波津なにわづののの遺流遺流いりゅうををを斟斟くみみみ、、、淺香淺香あさか山山やまののの芳躅芳躅ほうちょくををを尋尋たずねねね、、、式式もっててて吟吟ぎんじじじ式式もっててて詠詠えいじじじ、、、犀象犀象さいぞうののの牙角牙角げかくををを拔拔ぬききき、、、黨黨とう無無なくくく偏偏へん無無なくくく、、、翡翠翡翠ひすいののの羽毛羽毛うもうををを採採とりりり、、、裁成裁成さいせいしてしてして二千首二千首にせんしゅををを得得え、、、類聚類聚るいじゅしてしてして二十卷二十卷にじっかんととと爲爲なししし、、、名名なづけてづけてずけて新古今和歌集新古今和歌集しんこきんわかしゅうととと曰曰いふふう。。。每至玄圃花芳之朝、璅砌風涼之夕、斟難波津之遺流、尋淺香山之芳躅、式吟式詠、拔犀象之牙角、無黨無偏、採翡翠之羽毛、裁成而得二千首、類聚而爲二十卷、名曰新古今和歌集矣。
現代語訳
そもそも和歌は、多くの徳の祖であり、あらゆる福の本である。天の形が成ったばかりの時には、五際・六情といった詩の道理はまだ現れていなかったが、素戔嗚尊の須賀の地が鎮まると、三十一字の歌がはじめて起こった。それ以来、その流れはまことに多く、長歌・短歌の違いはあっても、あるいは下の者の思いを述べて上に届かせ、あるいは上の徳を広めて人々を教え導き、あるいは宴に連なって思いを書き、あるいは恋の情をとらえて言葉に託した。まことにこれは、世を治め民をいつくしむ大いなるしるしであり、心を楽しませ事を楽しむ手本である。
そこで聖代明時には、これを集めて記録し、それぞれ精密を極めたので、どうして漏れ落ちることがあろうか。しかしそれでもなお、崑崙山の玉はいくら採っても余りがあり、鄧林の木はいくら伐っても尽きることがない。物がすでにこのようであるから、歌もまたそうであるにちがいない。
そこで、参議右衛門督源朝臣通具、大蔵卿藤原朝臣有家、左近衛権中将藤原朝臣定家、前上総介藤原朝臣家隆、左近衛権少将藤原朝臣雅経らに詔して、身分の貴賤・上下を選ばず、すぐれた詩句を拾い集めさせ、神の詞や仏の作も、その奥深さを表すために交えて同じく収めさせた。昔から当代に至るまで、あれこれを集め編んで、それぞれ差し出させた。
仙洞の花の香る朝、玉の敷石に風の涼しい夕べのたびに、難波津の歌の流れを汲み、安積山の歌の跡をたずね、吟じては詠じ、犀の角や象の牙のようにすぐれたものを抜き出し、偏りなく、翡翠の羽のように美しいものを採り、取捨して二千首を得、部類分けして二十巻とし、名づけて新古今和歌集という。
意訳
和歌は徳と福の源で、世を治め心を楽しませるものである。代々の勅撰集で多くが集められたが、なお尽きることはないので、五人の撰者に命じて、身分を問わず、神仏の歌も交えて歌を集めさせ、吟味して二千首・二十巻を撰び、新古今和歌集と名づけた。
語釈・文法注
- 五際六情
- 漢詩の理論の語。五際は陰陽の五つの節目、六情は喜怒哀楽好悪の六つの感情。
- 素鵞
- 素戔嗚尊が宮を建てた須賀の地。仮名序の「稻田姫素鵞の里」と同じ。
- 崑嶺の玉・鄧林の材
- 崑崙山の玉と、鄧林(伝説の大森林)の木材。尽きることのないもののたとえ。
- 佛佗
- 底本の表記。「仏陀」と同じ。
- 希夷
- 目にも見えず耳にも聞こえない、奥深い道。神仏の歌の神秘をいう。
- 玄圃・璅砌
- 玄圃は仙人の住む庭で仙洞御所をいい、璅砌は玉で飾った敷石。
- 犀象の牙角・翡翠の羽毛
- 貴重なもののたとえ。すぐれた歌を選び出すことをいう。
解説
真名序は、後鳥羽院の立場で藤原親経が漢文で書いた序文である。『古今和歌集』の真名序にならい、和歌の徳と効用を説いたあと、撰者への詔と撰集の作業を述べる。内容は仮名序とほぼ対応する。
底本は返り点と送りがなを付けて刷る。当サイトの訓み下しはその訓点に従った。
底本は仮名序を巻頭に、真名序を巻末(巻第二十の後)に置く。当サイトでは目次の「序」にまとめた。
関連
出典
- 底本
- 『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、新古今和歌集序 368〜369頁(コマ194)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(原文は底本による。訓み下し・現代語訳・注は当サイト)
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