新古今和歌集 序
仮名序(一)
やまと歌の起こりと、代々の帝が歌を重んじてきたこと。五人の撰者に勅して歌を集めさせ、二十巻の新古今和歌集と名づけたことを述べる。

- 1やまとやまとやまと歌歌うたははは、、、昔昔むかし天地天地あめつちひらけはじめてひらけはじめてひらけはじめて、、、人人ひとのしわざいまだのしわざいまだのしわざいまだ定定さだまらざりしまらざりしまらざりし時時とき、、、葦原葦原あしはらののの中津國中津國なかつくにのことのはのことのはことのはとしてとしてとして、、、稻田姫稻田姫いなだひめ素鵞素鵞すがののの里里さとよりぞよりぞよりぞ傳傳つたわれりけるれりけるれりける。。。しかありしよりこのかたしかありしよりこのかたしかありしよりこのかた、、、其其その道道みちさかりにおこりさかりにおこりさかりにおこり、、、そのそのその流流ながれれれ今今いまににに絕絕たゆることなくしてゆることなくしてゆることなくして、、、色色いろにににふけりふけりふけり心心こころをををのぶるなかだちとしのぶるなかだちとしのぶるなかだちとし、、、世世よををを治治おさめめめ民民たみををを和和やわらぐるらぐるらぐる道道みちとせりとせりとせり。。。
- 2かゝりければかゝりければかかりければ、、、代々代々よよののの帝帝みかどもこれもこれもこれををを捨捨すててて給給たまはずはずわず、、、えらびおかれたるえらびおかれたるえらびおかれたる集集しゅうどもどもども、、、家々家々いえいえのもてあそびのもてあそびのもてあそび物物ものとしてとしてとして、、、言言ことののの葉葉はののの花花はな、、、殘殘のこれるれるれる木木こののの下下したかたくかたくかたく、、、思思おもひのひのいの露露つゆ、、、もれたるもれたるもれたる草草くさ隱隱かくれもれもれも有有あるべからずるべからずるべからず。。。然然しかはははあれどもあれどもあれども、、、伊勢伊勢いせののの海海うみ淸淸きよききき渚渚なぎさののの玉玉たまははは、、、拾拾ひろふともふともうとも盡盡つくることなくくることなくくることなく、、、いづみのいづみのいずみの杣杣そましげきしげきしげき宮木宮木みやぎははは、、、ひくともひくともひくとも絕絕たゆべからずゆべからずゆべからず、、、物皆物皆ものみなかくのかくのかくの如如ごとししし。。。歌歌うたののの道道みち又又またおなじかるべしおなじかるべしおなじかるべし。。。
- 3これによりてこれによりてこれによりて右衞門督右衞門督うえもんのかみ源朝臣道具源朝臣道具みなもとのあそんみちとも、、、大藏卿大藏卿おおくらきょう藤原朝臣有家藤原朝臣有家ふじわらのあそんありいえ、、、左近中將左近中將さこんのちゅうじょう藤原朝臣定家藤原朝臣定家ふじわらのあそんさだいえ、、、前上總介前上總介さきのかずさのすけ藤原朝臣家隆藤原朝臣家隆ふじわらのあそんいえたか、、、左近少將左近少將さこんのしょうしょう藤原朝臣雅經藤原朝臣雅經ふじわらのあそんまさつね等等らにおほせてにおほせてにおおせて、、、昔昔むかし今今いま時時ときををを別別わかたずたずたず、、、高高たかききき賤賤しずしきしきしき人人ひとをををきらはずきらはずきらわず、、、目目めににに見見みえぬえぬえぬ神佛神佛かみほとけののの言言ことののの葉葉はももも、、、烏羽玉烏羽玉うばたまののの夢夢ゆめににに傳傳つたへたることまでへたることまでえたることまで、、、廣廣ひろくくく求求もとめめめ普普あまねくくく集集あつめしむめしむめしむ。。。
- 4各々各々おのおの撰撰えらびびび奉奉たてまつれるところれるところれるところ、、、夏引夏引なつびきののの絲絲いとののの一一ひと筋筋すじならずならずならず、、、夕夕ゆうべののの雲雲くものおもひのおもひのおもい定定さだめがたきゆゑにめがたきゆゑにめがたきゆえに、、、綠綠みどりののの洞洞ほら花花はなかうばしきあしたかうばしきあしたこうばしきあした、、、玉玉たまのみぎりのみぎりのみぎり風涼風涼かぜすずしきゆふべしきゆふべしきゆうべ、、、難波津難波津なにわづののの流流ながれれれをををくみてくみてくみて、、、澄澄すみみみ濁濁にごれるれるれるををを定定さだめめめ、、、淺香淺香あさか山山やまののの跡跡あとをををたづねてたづねてたずねて、、、深深ふかききき淺淺あさきききををを別別わかてりてりてり。。。
- 5萬葉集萬葉集まんようしゅうににに入入いれるれるれる歌歌うたはははこれこれこれををを除除のぞかずかずかず、、、古今古今ここんよりこのかたよりこのかたよりこのかた、、、七代七代ななよののの集集しゅうににに入入いれるれるれる歌歌うたをををばこればこればこれをををのすることなしのすることなしのすることなし。。。但但ただししし、、、詞詞ことばののの園園そのににに遊遊あそびびび、、、筆筆ふでののの海海うみををを汲汲くみてもみてもみても、、、空空そら飛飛とぶぶぶ鳥鳥とりののの網網あみをもれをもれおもれ、、、水水みずににに住住すむむむ魚魚うおののの釣釣つりをををのがれたるたぐひのがれたるたぐひのがれたるたぐい、、、昔昔むかしもなきにあらざればもなきにあらざればもなきにあらざれば、、、今今いまももも亦亦また知知しらざるところらざるところらざるところ也也なり。。。
- 6凡凡すべててて集集あつめたるめたるめたる歌歌うた、、、二二ふたちゞちゞちぢ二十卷二十卷はたまき、、、名名なづけてづけてずけて新古今和歌集新古今和歌集しんこきんわかしゅうといふといふという。。。春霞春霞はるがすみ立田立田たつたののの山山やまににに初花初花はつはなををを偲偲しのぶよりぶよりぶより、、、夏夏なつははは妻妻つま戀戀こいするするする神神かみなびのなびのなびの時鳥時鳥ほととぎす、、、秋秋あきははは風風かぜににに散散ちるるる葛城葛城かずらきののの紅葉紅葉もみじ、、、冬冬ふゆははは白妙白妙しろたえののの富士富士ふじののの高嶺高嶺たかねににに雪雪ゆき積積つもるるる年年としののの暮暮くまでまでまで、、、皆皆みな折折おりにににふれたるなさけなるべしふれたるなさけなるべしふれたるなさけなるべし。。。
現代語訳
やまと歌は、昔、天地が開けはじめて、人の営みもまだ定まっていなかった時に、この葦原の中つ国の言葉として、稲田姫と住んだ素戔嗚尊の須賀の里から伝わったものである。それからこのかた、その道は盛んにおこり、その流れは今も絶えることなく、恋の思いを託し心を述べる仲立ちとし、世を治め民をやわらげる道としてきた。
そうであるから、代々の帝もこれをお捨てにならず、撰び置かれた歌集は、それぞれの家の愛玩の書となって、言葉の花が散り残った木の下はほとんどなく、思いの露がこぼれ落ちた草陰もあるはずがない。とはいえ、伊勢の海の清い渚の玉は、拾っても尽きることがなく、和泉の杣山に茂る宮木は、いくら伐り出しても絶えることがない。物はみなこのようなものである。歌の道もまた同じであろう。
そこで、右衛門督源朝臣通具、大蔵卿藤原朝臣有家、左近中将藤原朝臣定家、前上総介藤原朝臣家隆、左近少将藤原朝臣雅経らに命じて、昔と今の時代を分けず、身分の高い人も低い人も嫌わず、目に見えない神仏の言葉も、夢に伝えられた歌までも、広く求め、あまねく集めさせた。
それぞれが撰んで差し出した歌は、夏に引く糸のように一筋ではなく、夕べの雲のように思い定めにくいので、仙洞御所の花の香る朝や、玉の敷石に風の涼しい夕べに、難波津の歌の流れを汲んで澄んだものと濁ったものとを定め、安積山の歌の跡をたどって深いものと浅いものとを分けた。
万葉集に入っている歌は除かず、古今集以来の七代の勅撰集に入った歌は載せない。ただし、言葉の園に遊び、筆の海を汲んでも、空を飛ぶ鳥が網を逃れ、水に住む魚が釣りを逃れるように、撰び漏らしたものは昔の集にもなかったわけではないので、今もまた知らずに漏らしたものがあるだろう。
すべて集めた歌は二千首、二十巻で、名づけて新古今和歌集という。春霞の立つ竜田山に初花をしのぶことから、夏は妻を恋う神奈備の山のほととぎす、秋は風に散る葛城山の紅葉、冬は真っ白な富士の高嶺に雪の積もる年の暮れまで、みな折々の風情に触れた心である。
意訳
和歌は神代の素戔嗚尊に始まり、世を治め人の心を通わせる道として代々の帝に重んじられてきた。それでもなお埋もれた歌はあるので、五人の撰者に命じて、時代や身分を問わず、神仏の歌や夢の歌まで集めさせた。万葉集の歌は採り、古今集以来の勅撰集の歌は採らない方針で、二千首・二十巻を撰び、新古今和歌集と名づけた。
語釈・文法注
- 稻田姫素鵞の里
- 素戔嗚尊が稲田姫と住むために出雲の須賀に宮を建て、「八雲立つ」の歌を詠んだという伝えによる。和歌の始まりとされる。
- ことのは
- 言葉。底本は「ことのは」と仮名で刷る。
- 色にふけり
- 恋の情にふけり。「色」は恋愛。
- 道具
- 底本の表記。撰者の源通具のことで、「通具」の誤植とみられる(真名序は「通具」と刷る)。
- 夏引の絲
- 夏に繭から引く糸。「一筋ならず」を導く。
- 綠の洞
- 仙洞(上皇の御所)をいう。「洞」に「ほら」とふりがながある。
- 難波津・淺香山
- 『古今集』仮名序で「歌の父母」とされた二首(「難波津に咲くやこの花」「安積山影さへ見ゆる」)をふまえる。
- 七代の集
- 古今・後撰・拾遺・後拾遺・金葉・詞花・千載の七つの勅撰集。
- 二ちゞ二十卷
- 「ふたちぢはたまき」。二千首、二十巻。
- 神なび
- 神奈備山。ほととぎすの名所。
解説
『新古今和歌集』の仮名序は、後鳥羽院の命で摂政藤原良経が書いた。院の言葉として書かれ、「朕」の立場から撰集の経緯を述べる。『古今和歌集』の仮名序(紀貫之)にならいつつ、和歌の起源を素戔嗚尊に求め、撰集の勅命・方針・部立へと進む。
万葉集の歌は採り、古今集から千載集までの七代集の歌は採らないという方針は、この集の大きな特色で、真名序にも同じことが書かれている。
底本は仮名序を巻頭に、真名序を巻末(巻第二十の後)に置く。当サイトでは目次の「序」にまとめた。
関連
出典
- 底本
- 『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、序文 1〜2頁(コマ7〜8)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
- 更新日