万葉集 巻第三 331〜335番
吾が盛
私の盛りの年はまた若返るだろうか。もう奈良の都を見ないで終わるのではないか。象の小川をもう一度見たい、故郷の里を忘れるための萱草を紐に付けよう。大宰府で老いを感じる大伴旅人の望郷の歌五首。
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題詞帥大伴卿の歌五首
- 1吾吾わががが盛盛さかり吾盛331
- 2またまたまた變變お若若ちめめめやもやもやも復將變八方
- 3ほとほとほとほとほとほとににに殆
- 4寧樂寧樂ならののの京京みやこををを寧樂京師乎
- 5見見みずずずかかかなりなりなりなむなむなん不見歟將成
- 6わがわがわが命命いのちももも吾命毛332
- 7常常つねにににあらあらあらぬぬぬかかか常有奴可
- 8昔昔むかし見見みししし昔見之
- 9象象きさののの小小を河河がはををを象小河乎
- 10行行ゆきききててて見見みむむむためためため行見爲
- 11淺淺あさ茅茅じ原原はら淺茅原333
- 12つばらつばらつばらつばらつばらつばらににに曲曲二
- 13ものものもの思思おもへへえばばば物念者
- 14故故ふりりりにににししし鄕鄕さとししし故鄕之
- 15思思おもほほおゆるゆるゆるかもかもかも所念可聞
- 16萱萱わすれ草草ぐさ萱草334
- 17わがわがわが紐紐ひもににに付付つくくく吾紐二付
- 18香具山香具山かぐやまののの香具山乃
- 19故故ふりりりにににししし里里さとををを故去之里乎
- 20忘忘わすれれれじじじがががためためため不忘之爲
- 21吾吾わががが行行ゆきははは吾行者335
- 22久久ひさにににはははあらあらあらじじじ久者不有
- 23夢夢いめののの囘囘わ淵淵だ夢乃和太
- 24瀨瀨せにににはははならならならずずずててて湍者不成而
- 25淵淵ふちにににしししあらあらあらももも淵有毛
現代語訳
〔331〕私の盛りの年が、また若返ることがあろうか。ひょっとすると、奈良の都を見ないで終わってしまうのではないか。
〔332〕私の命も、いつまでも変わらずにあってくれないものか。昔見た象の小川を、行って見るために。
〔333〕(淺茅原)つくづくと物思いにふけっていると、古びてしまった故郷の明日香が思われることだ。
〔334〕萱草を私の着物の紐に付ける。香具山のふもとの古びた里を、忘れるために。
〔335〕私の旅はもう長くはないだろう。夢の囘淵よ、浅瀬にならずに淵のままであってほしい。
意訳
大宰帥として筑紫に赴任した大伴旅人は、すでに六十歳を超えていた。331番では、若返ることのない自分は、もう奈良の都を見られないのではないかと嘆き、332番では、若いころ吉野で見た象の小川をもう一度見るまで命が続いてほしいと願う。333・334番では故郷の明日香をしのび、憂いを忘れるという萱草を紐に結ぶ。335番では、都に帰る日も遠くはないだろうから、吉野の夢の囘淵よ、変わらずにいてくれと呼びかけている。
語釈・文法注
文法・本文
- 變若めやも
- 「をつ」は若返る。「めやも」は反語。
- 萱草
- ヤブカンゾウ。身に付けると憂いを忘れるという中国の言い伝えから「忘れ草」と呼ばれた。
- 淵にしあらも
- 「も」は願望。淵のままであってほしい。
和歌
- 作者
- 大伴旅人(665–731)
大伴安麻呂の子で、家持の父。大宰帥として筑紫に赴任し、山上憶良らと筑紫歌壇を形づくった。のちに大納言となった。 - 出典
- 『万葉集』巻第三・雑歌・331〜335番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第3期(710〜733年(平城京遷都〜山上憶良の没年ごろ))
- 状況
- 大宰帥の大伴旅人の歌五首。329・330番の大伴四綱の問いかけに答えるように並べられている。
修辞
- 枕詞
- 「淺茅原」が「つばらつばらに」にかかる。
解説
旅人は、神亀年間の末(728年ごろ)に大宰帥として筑紫に下り、そこで妻を亡くしている。この五首には、老いと望郷の思いがしみじみと歌われている。334番の「萱草」は、故郷を忘れるためと言いながら、かえって忘れられない思いの深さを表している。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、105頁(コマ56)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、106頁(コマ59)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日