万葉集 巻第二 111〜112番
古に 戀ふる鳥かも
昔を恋い慕う鳥だろうか、弓弦葉の御井の上を鳴きわたっていく。弓削皇子の問いかけに、老いた額田王が「それはほととぎす、私と同じ思いで鳴いたのでしょう」と答える贈答。

題詞吉野宮に幸せる時、弓削皇子、額田王に贈り與ふる歌/額田王、和へ奉れる歌
現代語訳
〔111〕昔を恋い慕う鳥なのだろうか。弓弦葉の茂る御井の上を、鳴きながら渡っていくよ。
〔112〕昔を恋い慕っているという鳥は、ほととぎすでしょう。きっと鳴いたのでしょう、私が昔を思っているのと同じように。
意訳
持統天皇の吉野行幸に従った若い弓削皇子が、鳥の声を聞いて、都に残る額田王に「昔を恋う鳥でしょうか」と歌を贈った。額田王は、天武・天智天皇の時代を生きた歌人である。彼女は「それはほととぎす。私が昔を恋しく思うのと同じ心で鳴いたのでしょう」と答える。ほととぎすは昔を恋う鳥とされていた。過ぎ去った華やかな時代を知る老歌人の、静かな懐旧の情がにじむ。
語釈・文法注
- 弓弦葉(ゆづるは)
- ユズリハ。常緑樹。
- 霍公鳥(ほととぎす)
- 中国の故事で、昔を恋うて鳴く鳥とされた。
文法・本文
- けだしや鳴きし
- 「けだし」はおそらく。きっと鳴いたのでしょう。
和歌
- 作者
- 弓削皇子・額田王(7世紀末)
111番は天武天皇の皇子、弓削皇子の作。112番は額田王の作で、このとき額田王は六十歳前後であったとみられる。 - 出典
- 『万葉集』巻第二・相聞・111〜112番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
- 状況
- 持統天皇の吉野行幸の際、弓削皇子が都にいた額田王に贈った歌(111)と、額田王の答え(112)。続く113番も額田王の作。
修辞
- 故事の引用
- 蜀の望帝の魂がほととぎすになり、昔を恋うて鳴くという中国の故事をふまえるとされる。
解説
額田王は天智・天武両天皇の時代を代表する歌人であった。この贈答は、その額田王の最晩年の歌である。若い皇子の問いかけに、自らの人生を重ねて答えている。
弓削皇子は天武天皇の皇子で、のちに若くして亡くなった。昔を知る老女と若い皇子との、世代をこえた心の通い合いが感じられる贈答である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、54頁(コマ31)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、48頁(コマ30)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日