古典ライブラリー

万葉集 巻第六 1005〜1006番

やすみしし 我大王の 見し給ふ

山部赤人(やまべのあかひと)

大君がご覧になる吉野の宮は、山が高いので雲がたなびき、川が速いので瀬の音が清らかだ。この山が尽き、この川が絶えない限り、この大宮所がなくなることはない。吉野行幸での山部赤人の讃歌。

夏の吉野の山に白雲がたなびき、離宮の前を急流が清らかな瀬音を立てて流れている

題詞八年丙子夏六月、芳野離宮に幸せる時、山部宿禰赤人、詔に應じて作れる歌一首并に短歌

  1. 1やすみししやすみししやすみしし我わご我わごわご大王おほきみ大王おほきみおおきみののの八隅知之 我大王之1005 長歌
  2. 2見め見めめししし給たま給たまたまふふう芳野よしぬ芳野よしぬよしぬののの宮みや宮みやみやははは見給 芳野宮者
  3. 3山やま山やまやま高たか高たかたかみみみ雲くも雲くもくもぞぞぞ棚たな棚たなたな引び引びびくくく山高 雲曾輕引
  4. 4河かは河かはかははやはやはやみみみ瀨せ瀨せせののの音と音ととぞぞぞ淸きよ淸きよきよききき河速彌 湍之聲曾清寸
  5. 5神かむ神かむかむさびさびさびててて見み見みみれれればばば貴たふと貴たふととうとくくく神佐備而 見者貴久
  6. 6宜よろ宜よろよろしししなべなべなべ見み見みみれれればばば淸さや淸さやさやけしけしけし宜名倍 見者清之
  7. 7このこのこの山やま山やまやまののの盡つ盡つつきききばばばのみのみのみこそこそこそ此山乃 盡者耳社
  8. 8このこのこの河かは河かはかはののの絕た絕たたえええばばばのみのみのみこそこそこそ此河乃 絕者耳社
  9. 9百もも百もももも磯し磯しし城き城ききののの大おほ大おほおお宮みや宮みやみや所どころ所どころどころ止や止ややむむむ時とき時ときときもももあらあらあらめめめ百師紀能 大宮所 止時裳有目
  10. 10神かみ神かみかみ代よ代よよよりよりより自神代1006 反歌
  11. 11芳野よしぬ芳野よしぬよしぬののの宮みや宮みやみやににに芳野宮爾
  12. 12在あ在あありりり通がよ通がよがよひひい蟻通
  13. 13高たか高たかたか知し知ししらせらせらせるるるははは高所知者
  14. 14山やま山やまやま河かは河かはかわをををよみよみよみ山河乎吉三

引用の仕方

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現代語訳

〔1005〕(やすみしし)わが大君がご覧になる吉野の宮は、山が高いので雲がたなびき、川が速いので瀬の音が清らかだ。神々しくて、見ると貴い。ふさわしく、見ると清らかだ。この山が尽きるならばそのときこそ、この川が絶えるならばそのときこそ、(百磯城の)大宮所がなくなる時もあろう。

〔1006〕神代から吉野の宮に通い続けて、高々と宮をお造りになっているのは、山と川がよいからだ。

意訳

天平8年(736)6月の吉野行幸で、赤人は天皇の命に応えてこの歌を詠んだ。山が高く雲がたなびき、川が速く瀬音が清らかな吉野の宮は、神々しく貴い。この山が尽き、この川が絶えでもしない限り、この宮所は永遠に続くだろうとたたえている。

語釈・文法注

文法・本文

宜しなべ
いかにもふさわしく。
盡きばのみこそ
尽きるならばそのときだけ。

和歌

作者
山部赤人(生没年未詳)
聖武天皇の時代の宮廷歌人。自然の景色を清らかに描く叙景歌にすぐれ、のちに人麻呂とともに歌聖とたたえられた。
出典
『万葉集』巻第六・雑歌・1005〜1006番
歌体
長歌(五七をくり返し、五七七で結ぶ)
時期
第4期(733〜759年(〜万葉集の最後の歌))
状況
天平8年(736)6月、聖武天皇が吉野離宮に行幸したときに、山部赤人が詔に応じて詠んだ長歌と反歌。

修辞

対句
「山高み雲ぞ棚引く」と「河はやみ瀨の音ぞ淸き」、「神さびて見れば貴く」と「宜しなべ見れば淸けし」、「この山の盡きばのみこそ」と「この河の絕えばのみこそ」。

解説

対句を重ねた整った構成で、赤人の吉野讃歌の完成された姿を示している。

関連

出典

底本
佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、242頁(コマ125)。国立国会図書館デジタルコレクション
原文
佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、264頁(コマ138)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日