万葉集 巻第六 923〜927番
やすみしし わご大王の 高知らす
幾重にも青い山に囲まれた吉野の宮は、春は花が咲き、秋は霧が立ちわたる。象山の梢に騒ぐ鳥の声、夜ふけの川原に鳴く千鳥。大君が蜻蛉の野で狩りをなさる春の野。吉野行幸に従った山部赤人の長歌二首と反歌。
場面イラスト(準備中)
題詞山部宿禰赤人の作れる歌二首并に短歌
- 1やすみししやすみししやすみししわごわごわご大大おお王王きみののの八隅知之 和期大王乃923 長歌
- 2高高たか知知しらすらすらす芳野芳野よしぬののの宮宮みやははは高知爲 芳野宮者
- 3疊疊たたなづくづくずく青青あお墻墻かき隱隱ごもりりり立名附 青墻隱
- 4河河かわ次次なみののの清清きよききき河河こう內內ちぞぞぞ河次乃 清河內曾
- 5春春はるべべべははは花花はな咲咲さききき撓撓おおりりり春部者 花咲乎遠里
- 6秋秋あきささされれればばば霧霧きり立立たちちち渡渡わたるるる秋去者 霧立渡
- 7そのそのその山山やまのののいやいやいや益益ます益益ますににに其山之 彌益々爾
- 8このこのこの河河かはののの絕絕たゆるゆるゆることことこと無無なくくく此河之 絕事無
- 9百百もも磯磯し城城きののの大大おお宮宮みや人人びとははは常常つねににに通通かよははわむむん百石木能 大宮人者 常將通
- 10みみみ吉野吉野よしぬののの三吉野乃924 反歌
- 11象象きさ山山やまののの際際まののの象山際乃
- 12木木こ末末ぬれにににははは木末爾波
- 13幾許幾許ここだももも騷騷さわぐぐぐ幾許毛散和口
- 14鳥鳥とりののの聲聲こえかもかもかも鳥之聲可聞
- 15ぬばたまぬばたまぬばたまののの烏玉之925 反歌
- 16夜夜よののの深深ふけけけぬれぬれぬればばば夜乃深去者
- 17久久ひさ木木ぎ生生おふるふるうる久木生留
- 18清清きよききき河河かわ原原らににに清河原爾
- 19千千ち鳥鳥どり數數しば鳴鳴なくくく知鳥數鳴
- 20やすみししやすみししやすみししわごわごわご大大おお王王きみははは安見知之 和期大王波926 長歌
- 21みみみ芳野芳野よしぬののの蜻蛉蜻蛉あきつののの小小お野野ぬののの見芳野乃 飽津之小野笑
- 22野野ぬののの上上へにににははは跡跡と見見み居居すゑゑえ置置おきききててて野上者 跡見居置而
- 23みみみ山山やまにににははは射射い部部め立立たててて渡渡わたししし御山者 射目立渡
- 24朝朝あさ獵獵がりににに鹿鹿しし猪猪し履履ふみみみ起起おこししし朝獵爾 十六履起之
- 25夕夕ゆう狩狩がりににに鳥鳥とり蹋蹋ふみみみ立立たててて夕狩爾 十里蹋立
- 26馬馬うま竝竝なめめめててて御御み獵獵かりぞぞぞ立立たたすたすたす春春はるののの茂茂しげ野野ぬににに馬並而 御獵曾立爲 春之茂野爾
- 27あしひきあしひきあしひきののの足引之927 反歌
- 28山山やまにににももも野野ぬにににももも山毛野毛
- 29御御み獵獵かり人人びと御獵人
- 30得得さつ物物や矢矢た手手ばさ挾挾み得物矢手挾
- 31散散みだ動動りたりたりたり見見みゆゆゆ散動而有所見
現代語訳
〔923〕(やすみしし)わが大君が高々とお治めになる吉野の宮は、幾重にも重なる青い垣のような山に囲まれ、川の流れの清らかな河内である。春には花が枝もたわわに咲き、秋になると霧が立ちわたる。その山のようにいよいよますます、この川のように絶えることなく、(百磯城の)大宮人はいつまでも通うだろう。
〔924〕吉野の象山の山あいの梢では、こんなにも騒いでいる鳥の声であることよ。
〔925〕(ぬばたまの)夜がふけていくと、久木の生える清らかな川原で、千鳥がしきりに鳴く。
〔926〕(やすみしし)わが大君は、吉野の蜻蛉の小野の野の上には、跡見を置き、山には射手を立て並べ、朝の狩りには鹿や猪を踏み起こし、夕べの狩りには鳥を踏み立てて、馬を並べて狩りにお出かけになる。春の茂った野に。
〔927〕(あしひきの)山にも野にも、狩りの人々が矢を手挟んで、入り乱れているのが見える。
意訳
神亀2年(725)の吉野行幸の歌とみられる。923番は、青い山に囲まれた吉野の宮の春秋の美しさをたたえ、反歌の924・925番は、昼の梢に騒ぐ鳥の声と、夜ふけの川原に鳴く千鳥の声とを対照的に描いて、吉野の静けさを伝える。926番は、天皇が春の野で狩りをする勇壮な情景を歌い、927番は、山にも野にも狩人が入り乱れるさまを描いている。
語釈・文法注
文法・本文
- 疊づく
- 幾重にも重なる。「青墻」にかかる枕詞。
- 跡見
- 「とみ」は狩りで獲物の足跡を見張る役の者。
- 射部
- 「いめ」は狩りで弓を射る者の隠れ場、または射手。
- 久木
- キササゲまたはアカメガシワとされる。
和歌
- 作者
- 山部赤人(生没年未詳)
聖武天皇の時代の宮廷歌人。自然の景色を清らかに描く叙景歌にすぐれ、のちに人麻呂とともに歌聖とたたえられた。 - 出典
- 『万葉集』巻第六・雑歌・923〜927番
- 歌体
- 長歌(五七をくり返し、五七七で結ぶ)
- 時期
- 第3期(710〜733年(平城京遷都〜山上憶良の没年ごろ))
- 状況
- 山部赤人が吉野で詠んだ長歌二首と反歌三首。左注によれば、前後の順はわからないが、ここに載せたという。
修辞
- 対句
- 「春べは花咲き撓り」と「秋されば霧立ち渡る」、「朝獵に鹿猪履み起し」と「夕狩に鳥蹋み立て」。
- 枕詞
- 「やすみしし」「疊づく」「百磯城の」「ぬばたまの」「あしひきの」。
解説
925番の「ぬばたまの夜の深けぬれば久木生ふる清き河原に千鳥數鳴く」は、夜の川原の静寂を描いた赤人の叙景歌の傑作として名高い。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、228頁(コマ118)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、248頁(コマ130)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日