古典ライブラリー

万葉集 巻第六 960番

隼人の 湍門の磐も

大伴旅人(おおとものたびと)

隼人の瀬戸の岩も、鮎の走る吉野の激流には、やはり及ばないことだ。筑紫の名所を見ても、なお吉野を恋しく思う大伴旅人の歌。

激しい潮流の渦巻く南国の海峡の岩場を見ながら、初老の貴人が遠く吉野を思っている

題詞帥大伴卿、遙に芳野離宮を思ひて作れる歌一首

  1. 1隼はや隼はやはや人ひと人ひとひとののの隼人乃
  2. 2湍せ湍せせ門と門ととののの磐いはほ磐いはほいわおももも湍門乃磐母
  3. 3年あ年ああ魚ゆ魚ゆゆ走はし走はしはしるるる年魚走
  4. 4芳野よしぬ芳野よしぬよしぬののの瀧たぎ瀧たぎたぎににに芳野之瀧爾
  5. 5なほなほなお及し及ししかかかずずずけりけりけり尙不及家里

引用の仕方

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現代語訳

隼人の住む瀬戸の岩も、鮎の走る吉野の激流には、やはり及ばないことだ。

意訳

旅人は、九州南部の隼人の地にある瀬戸の壮大な岩を見たが、それでも、若いころに見た吉野の激流の美しさには及ばないと歌う。巻第三の332番にも見える、吉野への深い愛着が表れている。

語釈・文法注

文法・本文

隼人の湍門
薩摩の黒之瀬戸とされる。

和歌

作者
大伴旅人(665–731)
大伴安麻呂の子で、家持の父。大宰帥として筑紫に赴任し、山上憶良らと筑紫歌壇を形づくった。
出典
『万葉集』巻第六・雑歌・960番
歌体
短歌(五七五七七)
時期
第3期(710〜733年(平城京遷都〜山上憶良の没年ごろ))
状況
大宰帥の大伴旅人が、遠く吉野離宮を思って詠んだ歌。

修辞

対比
隼人の瀬戸と吉野の激流を比べる。

解説

旅人は、聖武天皇の吉野行幸で長歌を詠んでいる(巻第三の315・316番)。

関連

出典

底本
佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、234頁(コマ121)。国立国会図書館デジタルコレクション
原文
佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、256頁(コマ134)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日