古典ライブラリー

万葉集 巻第六 957〜959番

いざ兒等 香椎の潟に

大伴旅人(おおとものたびと)

さあみんな、香椎の潟で袖までぬらして朝の菜を摘もう。風が吹き出しそうだ、潮干の浦で玉藻を刈ろう。明日からはこの香椎潟を見ることもない。香椎宮を参拝した大宰府の官人たちの歌三首。

冬の香椎の浜に官人たちが馬を止め、潮の引いた干潟で海藻を摘んでいる

題詞冬十一月、太宰官人等、香椎廟を拜み奉り訖へて退り歸りし時、馬を香椎浦に駐めて、各懷を述べて作れる歌

  1. 1いざいざいざ兒こ兒ここ等ども等どもども去來兒等957 大伴旅人
  2. 2香椎かしひ香椎かしひかしいののの潟かた潟かたかたににに香椎乃滷爾
  3. 3白しろ白しろしろ妙たへ妙たへたえののの白妙之
  4. 4袖そで袖そでそでさへさへさへぬれぬれぬれててて袖左倍所沾而
  5. 5朝あさ朝あさあさ菜な菜なな採つ採つつみみみてててむむん朝菜採手六
  6. 6時とき時ときときつつつ風かぜ風かぜかぜ時風958 小野老
  7. 7吹ふ吹ふふくくくべくべくべくなりなりなりぬぬぬ應吹成奴
  8. 8香椎かしひ香椎かしひかしい潟がた潟がたがた香椎滷
  9. 9潮しほ潮しほしお干ひ干ひひののの浦うら浦うらうらににに潮干汭爾
  10. 10玉たま玉たまたま藻も藻もも苅か苅かかりりりてててななな玉藻苅而名
  11. 11往ゆ往ゆゆききき還かへ還かへかえりりり往還959 宇努男人
  12. 12常つね常つねつねににに我わ我わわががが見み見みみししし常爾我見之
  13. 13香椎かしひ香椎かしひかしい潟がた潟がたがた香椎滷
  14. 14明日あす明日あすあすゆゆゆ後のち後のちのちにににははは從明日後爾波
  15. 15見み見みみむむむ緣よし緣よしよしももも無な無ななししし見緣母奈思

引用の仕方

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現代語訳

〔957〕さあみんな、香椎の潟で、(白妙の)袖までぬらして、朝の菜を摘もう。

〔958〕潮時の風が吹き出しそうになった。香椎潟の潮の引いた浦で、玉藻を刈ってしまおう。

〔959〕行き帰りにいつも私が見ていた香椎潟を、明日から後は見る手だてもない。

意訳

神亀5年(728)11月、大宰府の官人たちは、仲哀天皇と神功皇后を祀る香椎廟に参拝した帰りに、香椎の浦に馬を止めてそれぞれ歌を詠んだ。旅人はさあみんなで朝の菜を摘もうと誘い、小野老は風が吹き出す前に玉藻を刈ろうと応じ、任期を終える宇努男人は、もうこの香椎潟を見ることはないと名残を惜しんでいる。

語釈・文法注

文法・本文

朝菜
朝食のための菜。ここでは海藻。
時つ風
満ち潮の時刻に吹く風。

和歌

作者
大伴旅人(665–731)
大伴安麻呂の子で、家持の父。大宰帥として筑紫に赴任し、山上憶良らと筑紫歌壇を形づくった。
出典
『万葉集』巻第六・雑歌・957〜959番
歌体
短歌(五七五七七)
時期
第3期(710〜733年(平城京遷都〜山上憶良の没年ごろ))
状況
冬十一月、大宰府の官人たちが香椎廟を参拝して帰る途中、香椎の浦で詠んだ歌三首。

解説

香椎廟(今の香椎宮)は、神功皇后ゆかりの地として大宰府の官人たちに崇敬された。

関連

出典

底本
佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、234頁(コマ121)。国立国会図書館デジタルコレクション
原文
佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、255頁(コマ133)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日