万葉集 巻第六 907〜912番
瀧の上の 三舟の山に
激流のほとりの三船の山に茂る栂の木のように、いつまでもこうして治められるだろう吉野の宮は、神の品格か国の品格か、山も川も清らかだ。元正天皇の吉野行幸に従った笠金村の歌。巻第六の巻頭歌。
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題詞養老七年癸亥夏五月、芳野離宮に幸せる時、笠朝臣金村の作れる歌一首并に短歌
- 1瀧瀧たぎののの上上うえののの三三み舟舟ふねののの山山やまににに瀧上之 御舟乃山爾907 長歌
- 2瑞瑞みず枝枝えさしさしさし繁繁しじににに生生おひひいたるたるたる水枝指 四時爾生有
- 3栂栂とがののの樹樹きのののいやいやいや繼繼つぎぎぎ繼繼つぎぎぎににに刀我乃樹能 彌繼嗣爾
- 4萬萬よろず代代よににに斯斯かくくくししし知知しらさらさらさむむん萬代 如是二二知三
- 5みみみ芳野芳野よしぬののの蜻蛉蜻蛉あきつののの宮宮みやははは三芳野之 蜻蛉乃宮者
- 6神神かむからからからかかか貴貴とうとかるかるかるらむらむらん神柄香 貴將有
- 7國國くにからからからかかか見見みががが欲欲ほしからしからしからむむん國柄鹿 見欲將有
- 8山山やま川川かわををを清清きよみみみ清清さやけみけみけみ山川乎 清清
- 9うべうべうべししし神神かみ代代よゆゆゆ定定さだめめめけらしけらしけらしももも諾之神代從 定家良思母
- 10毎毎とし年年のはははににに每年908 反歌
- 11斯斯かくくくももも見見みてててしかしかしか如是裳見牡鹿
- 12みみみ吉野吉野よしぬののの三吉野乃
- 13清清きよききき河河こう內內ちののの清河內之
- 14激激たぎつつつ白白しら波波なみ多藝津白波
- 15山山やま高高たかみみみ山高三909 反歌
- 16白白しら木綿木綿ゆう花花ばなににに白木綿花
- 17落落おちちちたぎつたぎつたぎつ落多藝追
- 18瀧瀧たぎののの河河こう內內ちははは瀧之河內者
- 19見見みれれれどどど飽飽あかかかぬぬぬかもかもかも雖見不飽香聞
- 20神神かむからからからかかか神柄加910 或本の反歌
- 21見見みががが欲欲ほしからしからしからむむん見欲賀藍
- 22みみみ吉野吉野よしぬののの三吉野乃
- 23瀧瀧たぎののの河河こう內內ちははは瀧乃河內者
- 24見見みれれれどどど飽飽あかかかぬぬぬかもかもかも雖見不飽鴨
- 25みみみ吉野吉野よしぬののの三吉野之911 或本の反歌
- 26秋津秋津あきつののの川川かはののの秋津乃川之
- 27萬萬よろず世世よににに萬世爾
- 28絕絕たゆるゆるゆることことこと無無なくくく斷事無
- 29またまたまた還還かえりりり見見みむむむ又還將見
- 30泊瀨泊瀨はつせ女女めののの泊瀨女912 或本の反歌
- 31造造つくるるる木綿木綿ゆう花花ばな造木綿花
- 32みみみ吉野吉野よしぬののの三吉野
- 33瀧瀧たぎののの水水みな沫沫わににに瀧乃水沫
- 34開開さきききにににけらけらけらずずずややや開來受屋
現代語訳
〔907〕激流のほとりの三船の山に、みずみずしい枝をさして茂り生えている栂の木のように、いよいよ次々と、いつまでもこのように治められるであろう吉野の蜻蛉の宮は、神の品格のために貴いのであろうか、国の品格のために見たいと思うのであろうか。山も川も清らかなので、なるほど神代から宮所と定めたのであるらしい。
〔908〕毎年このように見たいものだ。吉野の清らかな河内の激流の白波を。
〔909〕山が高いので、白い木綿の花のように落ちて激しく流れる、激流の河内は、見ても見飽きないことだ。
〔910〕神の品格のために見たいと思うのだろうか。吉野の激流の河内は、見ても見飽きないことだ。
〔911〕吉野の秋津の川のように、いつまでも絶えることなく、また帰って来て見よう。
〔912〕泊瀬の娘たちが造る木綿の花が、吉野の激流の水しぶきに咲いたではないか。
意訳
養老7年(723)5月、元正天皇は吉野離宮に行幸した。笠金村は、三船の山の栂の木が次々に枝を伸ばすように、天皇の御代がいつまでも続くことを願い、吉野の宮の貴さを、山と川の清らかさからたたえる。反歌では、白い木綿の花のように砕け落ちる激流の美しさを、毎年でも見たいと歌っている。巻第六は、こうした行幸の歌から始まる。
語釈・文法注
文法・本文
- 神からか
- 「から」は品格、本性。神としての品格のゆえか。
- 木綿花
- 楮の繊維で作った白い造花。白く砕ける水しぶきのたとえ。
- 毎年
- 「としのは」は毎年。
和歌
- 作者
- 笠金村(生没年未詳)
元正天皇・聖武天皇の時代の宮廷歌人。行幸に従った歌や旅の歌が多い。 - 出典
- 『万葉集』巻第六・雑歌・907〜912番
- 歌体
- 長歌(五七をくり返し、五七七で結ぶ)
- 時期
- 第3期(710〜733年(平城京遷都〜山上憶良の没年ごろ))
- 状況
- 養老7年(723)5月、元正天皇が吉野離宮に行幸したときに笠金村が詠んだ長歌と反歌二首、および或本の反歌三首。
修辞
- 序詞
- 「瀧の上の三舟の山に瑞枝さし繁に生ひたる栂の樹の」が「いや繼ぎ繼ぎに」を導く。
- 対句
- 「神からか貴かるらむ」と「國からか見が欲しからむ」。
- 比喩
- 909番で、激流の白波を白木綿花にたとえる。
解説
人麻呂の吉野讃歌(巻第一の36〜39番)の表現を受け継ぐ宮廷讃歌である。巻第六は、元正・聖武天皇の時代の行幸や宴の歌を年代順に並べた雑歌の巻。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、225頁(コマ116)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、245頁(コマ128)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日