万葉集 巻第五 804〜805番
世間の 術なきものは
世の中でどうしようもないのは、年月が流れるように過ぎ、老いが追いかけてくること。娘たちの華やかな盛りも、若者たちの颯爽とした日々も長くは続かず、黒髪には霜が降り、顔には皺が寄る。杖をついて歩けば人に嫌われる。老いの嘆きを歌った山上憶良の長歌。
題詞世間の住り難きを哀しめる歌一首并に序
- 1世間世間よのなかののの術術すべなきなきなきものものものははは世間能 周弊奈倍物能波804 長歌
- 2年年とし月月つきははは流流ながるるるるるる如如ごとししし年月波 奈何流流其等斯
- 3取取とりりりつづきつづきつづき追追おひひい來來くるるるものものものははは等利都都伎 意比久留母能波
- 4百百もも種種くさににに責責せめめめ依依よりりり來來きたるるる毛毛久佐爾 勢米余利伎多流
- 5少少お女女とめ等等らががが少少お女女とめさびすさびすさびすととと遠等咩良何 遠等咩佐備周等
- 6唐唐から玉玉たまををを手手た本本もとににに纏纏まかしかしかし可羅多麻乎 多母等爾麻可志
- 7同同よち輩輩こ兒兒らととと手手て携携たずさはりはりわりててて余知古良等 手多豆佐波利提
- 8遊遊あそびびびけむけむけん時時ときののの盛盛さかりををを阿蘇比家武 等伎能佐迦利乎
- 9止止とどみみみかねかねかね過過すぐししし遣遣やりりりつれつれつれ等等尾迦禰 周具斯野利都禮
- 10蜷蜷みなののの腸腸わたかかか黑黑ぐろききき髮髮かみににに美奈乃和多 迦具漏伎可美爾
- 11何何い時時つののの間間まかかか霜霜しもののの降降ふりりりけむけむけん伊都乃麻可 斯毛乃布利家武
- 12紅紅くれないののの面面おもてののの上上うえににに久禮奈爲能 意母提乃宇倍爾
- 13何處何處いずくゆゆゆかかか皺皺しわ搔搔かききき垂垂たりりりししし伊豆久由可 斯和何伎多利斯
- 14丈丈ます夫夫らおののの壯壯おと士士こさびすさびすさびすととと麻周羅遠乃 遠刀古佐備周等
- 15劒劒つるぎ太太た刀刀ち腰腰こしににに取取とりりり佩佩はききき都流岐多智 許志爾刀利波枳
- 16獵獵さつ弓弓ゆみををを手手た握握にぎりりり持持もちちちててて佐都由美乎 多爾伎利物知提
- 17赤赤あか駒駒ごまににに倭倭し文文ず鞍鞍くら打打うち置置おききき阿迦胡麻爾 志都久良宇知意伎
- 18匍匍はひひい乘乘のりりりててて遊遊あそびびび歩歩あるきききししし波比能利提 阿蘇比阿留伎斯
- 19世間世間よのなかややや常常つねにににありありありけるけるける余乃奈迦野 都禰爾阿利家留
- 20少少お女女とめ等等らがががさささなななすすす板板いた戸戸どををを遠等咩良何 佐那周伊多斗乎
- 21押押おししし開開ひらきききいいい辿辿たどりりりよりてよりてよりて意斯比良伎 伊多度利與利提
- 22眞眞ま玉玉たま手手でののの玉玉たま手手でさしさしさし交交かへへへ麻多麻提乃 多麻提佐斯迦閇
- 23さささ寢寢ねししし夜夜よののの幾許幾許いくだもももあらあらあらねねねばばば佐禰斯欲能 伊久陀母阿羅禰婆
- 24手手たつ束束か杖杖ずえ腰腰こしににに束束たがねねねててて多都可豆惠 許志爾多何禰提
- 25彼彼か行行ゆけけけばばば人人ひとににに厭厭いとははわえええ可由既婆 比等爾伊等波延
- 26此此かく行行ゆけけけばばば人人ひとににに惡惡にくまままえええ可久由既婆 比等爾邇久麻延
- 27凡凡およしししをををばばば斯斯かくくくのみのみのみならならならししし意余斯遠波 迦久能尾奈良志
- 28たまきはるたまきはるたまきわる命命いのち惜惜おしけしけしけどどどせせせむむん術術すべももも無無なししし多麻枳波流 伊能知遠志家騰 世武周弊母奈斯
- 29常常とき磐磐はなすなすなす等伎波奈周805 反歌
- 30斯斯かくくくしししもももがががもももととと迦久斯母何母等
- 31思思おもへへえどもどもども意母閇騰母
- 32世世よののの事事ことなれなれなればばば余能許等奈禮婆
- 33留留とどみみみかねかねかねつつつももも等登尾可禰都母
現代語訳
〔804〕世の中でどうしようもないものは、年月が流れるように過ぎることだ。次々に追いかけてくるものは、さまざまに責め寄せてくる。少女たちが少女らしくふるまおうと、唐玉を手首に巻き、同じ年ごろの子らと手を取り合って遊んだであろう、その盛りの時を留めかねて過ごしてしまうと、(蜷の腸)黒々とした髪に、いつの間に霜が降りたのか。紅の顔の上に、どこから皺がやって来たのか。ますらおが若者らしくふるまおうと、剣太刀を腰に佩き、狩弓を手に握り持って、赤駒に倭文の鞍を置いて這い乗り、遊び歩いた。世の中は常にそうしてあったろうか。少女たちの寝ている板戸を押し開き、たどり寄って、玉のような腕をさし交わして寝た夜も、いくらもないうちに、手束杖を腰にあてがって、あちらへ行けば人に嫌われ、こちらへ行けば人に憎まれる。老人とはこういうものであるらしい。(たまきはる)命は惜しいけれど、どうしようもない。
〔805〕常磐のように変わらずにいたいと思うけれど、世の中のことなので、留めることができないことだ。
意訳
序によれば、集まりやすく払いがたいのは八大辛苦、遂げがたく尽きやすいのは百年の楽しみであるという。憶良は、少女の華やかな盛りも、若者の颯爽とした遊びも長くは続かず、いつの間にか黒髪には霜が降り、顔には皺が寄ると歌う。若いころは恋人のもとに通ったのに、今は杖をついて歩けば人に嫌われ憎まれる。命は惜しいがどうしようもない。老いの悲哀を、具体的な描写で率直に歌った作品である。
語釈・文法注
文法・本文
- 蜷の腸
- 巻貝の蜷のはらわたが黒いことから、「か黒き」にかかる枕詞。
- 同輩兒
- 「よちこ」は同じ年ごろの子。
- 手束杖
- 手に握る杖。
- 凡し
- 「およし」は老人。
和歌
- 作者
- 山上憶良(660?–733?)
遣唐使に加わって唐に渡り、のちに筑前守となった。大宰府で大伴旅人と交わり、人生や社会、家族への愛を詠んだ独自の歌を残した。 - 出典
- 『万葉集』巻第五・雑歌・804〜805番
- 歌体
- 長歌(五七をくり返し、五七七で結ぶ)
- 時期
- 第3期(710〜733年(平城京遷都〜山上憶良の没年ごろ))
- 状況
- 神亀5年(728)7月21日、筑前国嘉摩郡で山上憶良がまとめた歌。漢文の序がある。
修辞
- 対句
- 少女の盛りと若者の盛り、「彼行けば人に厭はえ」と「此行けば人に惡まえ」。
- 枕詞
- 「蜷の腸」「たまきはる」。
解説
嘉摩三部作と呼ばれる「惑情を反さしむる歌」「子等を思ふ歌」「世間の住り難きを哀しめる歌」の第三首。仏教の無常観と、老いという身近な現実とを結びつけた、憶良独自の世界を示している。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、192頁(コマ100)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、205頁(コマ108)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日