万葉集 巻第三 454〜458番
はしきやし 榮えし君の
栄えておられたわが君が生きておられたら、昨日も今日も私をお呼びになったろうに。萩の花は咲いたかとお尋ねになったわが君は、もういない。大伴旅人に仕えた余明軍が、主人の死を悲しんだ歌五首。
場面イラスト(準備中)
題詞天平三年辛未秋七月、大納言大伴卿の薨せし時の歌六首(うち五首)
- 1はしきやしはしきやしはしきやし愛八師454
- 2榮榮さかえええししし君君きみののの榮之君乃
- 3坐坐いましししせせせばばば伊座勢波
- 4昨日昨日きのうももも今日今日きょうももも昨日毛今日毛
- 5吾吾わををを召召めさささましましましををを吾乎召麻之乎
- 6斯斯かくくくのみのみのみししし如是耳455
- 7ありありありけるけるけるものものものををを有家類物乎
- 8萩萩はぎががが花花はな芽子花
- 9咲咲さきききてててありありありやややととと咲而有哉跡
- 10問問とひひいししし君君きみはははももも問之君波母
- 11君君きみににに戀戀こひひい君爾戀456
- 12いたいたいたもももすべすべすべ無無なみみみ痛毛爲便奈美
- 13蘆蘆あし鶴鶴たずののの蘆鶴之
- 14哭哭ねのみのみのみししし泣泣なかかかゆゆゆ哭耳所泣
- 15朝朝あさ夕夕よいにににしししててて朝夕四天
- 16遠遠とお長長ながくくく遠長457
- 17仕仕つかへへえむむんものものものととと將仕物常
- 18念念おもへへえりりりししし念有之
- 19君君きみししし坐坐まさささねねねばばば君師不座者
- 20心心こころ神神どもももなしなしなし心神毛奈思
- 21若若わかききき子子こののの若子乃458
- 22匍匍はひひい匐匐た徘徘も徊徊とおりりり匍匐多毛登保里
- 23朝朝あさ夕夕よいににに朝夕
- 24哭哭ねのみのみのみぞぞぞ吾吾わががが泣泣なくくく哭耳曾吾泣
- 25君君きみ無無なしししにににしししててて君無二四天
現代語訳
〔454〕ああ、栄えておられたわが君が生きておられたなら、昨日も今日も私をお呼びになっただろうに。
〔455〕こうなるはずのものだったのに、萩の花は咲いているかとお尋ねになったわが君よ。
〔456〕君を恋しく思い、どうしようもなくて、葦辺の鶴のように声をあげて泣けてくる。朝も夕も。
〔457〕いつまでも長くお仕えしようと思っていた君がおいでにならないので、心も魂も抜けたようだ。
〔458〕幼い子が這いまわるように、朝夕に声をあげて私は泣くばかりだ。君がいなくなって。
意訳
天平3年(731)7月、大伴旅人が亡くなった。長年仕えてきた従者の余明軍は、主人が生きていれば今日も呼んでくださったのにと嘆き、亡くなる前に萩の花は咲いたかと尋ねた主人の姿を思い出す。幼な子のように泣き続ける自分を歌い、主人への深い敬愛を表している。
語釈・文法注
文法・本文
- はしきやし
- ああ、いとしい。
- 心神
- 「こころど」は心の働き、気力。
- 匍匐徘徊り
- 「はひたもとほる」は這いまわる。
和歌
- 作者
- 余明軍(生没年未詳)
百済系の渡来人で、大伴旅人に仕えた資人(従者)。 - 出典
- 『万葉集』巻第三・挽歌・454〜458番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第3期(710〜733年(平城京遷都〜山上憶良の没年ごろ))
- 状況
- 天平3年(731)7月に大納言大伴旅人が亡くなったとき、旅人の資人(従者)余明軍が詠んだ歌五首。
修辞
- 比喩
- 456番で、自分を葦辺の鶴に、458番で幼な子にたとえる。
解説
455番の「萩が花咲きてありやと問ひし君はも」は、病床の旅人が庭の萩を気にかけていたことを伝え、旅人の風流な人柄をしのばせる。主人と従者の深い絆を伝える挽歌である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、123頁(コマ65)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、126頁(コマ69)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日