万葉集 巻第三 265番
苦しくも 零り來る雨か
つらいことに降ってきた雨だなあ。三輪の崎の佐野の渡し場には、雨宿りする家もないのに。旅の途中で雨に降られた心細さを歌い、後に藤原定家の本歌取りで知られる。
場面イラスト(準備中)
題詞長忌寸奧麻呂の歌一首
現代語訳
つらいことに降ってきた雨だなあ。三輪の崎の佐野の渡し場には、雨宿りする家もないのに。
意訳
紀伊国の海辺の渡し場で、旅人は急な雨に降られる。あたりには身を寄せる家も見あたらない。旅のつらさと心細さを、そのまま率直に歌った歌である。後に藤原定家はこの歌をもとに、「駒とめて袖うちはらふかげもなし佐野のわたりの雪の夕暮」と、雨を雪に変えて美しい情景の歌を作った。
語釈・文法注
文法・本文
- 家もあらなくに
- 「なくに」は打消「ず」のク語法+「に」。家もないのに。
和歌
- 作者
- 長意吉麻呂(生没年未詳)
持統・文武天皇の時代の歌人。238番と同じ人で、ここでは「奧麻呂」と書かれる。 - 出典
- 『万葉集』巻第三・雑歌・265番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
- 状況
- 長意吉麻呂が、紀伊国の三輪崎(今の和歌山県新宮市)の佐野の渡りで雨に降られて詠んだ歌。
解説
旅の歌の素朴な一首だが、新古今集の定家の名歌の本歌として、後世に大きな影響を与えた。万葉の実感の歌が、中世の美的な歌に生まれ変わった例としてよく引かれる。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、96頁(コマ52)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、95頁(コマ53)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日