万葉集 巻第三 264番
もののふの 八十氏河の
宇治川の網代木にせきとめられてためらう波は、どこへ流れ去っていくのか、行方もわからない。近江から都へ帰る途中、宇治川のほとりで人麻呂が無常を感じた名歌。
場面イラスト(準備中)
題詞柿本朝臣人麻呂、近江國より上り來る時、宇治河の邊に至りて作れる歌一首
現代語訳
(もののふの)八十氏川の網代木にせかれてただよっている波は、どこへ行くのか、その行方もわからないことだ。
意訳
宇治川には、冬に氷魚をとるための網代が仕掛けられていた。その杭にせかれて、波はしばらくためらうようにただよい、やがてどこへともなく流れ去っていく。人麻呂は、荒れはてた近江の旧都を見てきた帰り道に、この波の姿に、とどまることのない時の流れと人の世のはかなさを見たのであろう。
語釈・文法注
文法・本文
- もののふの
- 朝廷に仕える多くの氏族(八十氏)の意で、「八十」「宇治」にかかる枕詞。
- いさよふ
- ためらう、ただよって進まない。原文「不知代經」は「いさ(知らず)」と「よふ(代經)」を組み合わせた戯書。
和歌
- 作者
- 柿本人麻呂(生没年未詳(7世紀後半〜8世紀初め))
持統天皇・文武天皇の時代に宮廷に仕えた歌人。 - 出典
- 『万葉集』巻第三・雑歌・264番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
- 状況
- 柿本人麻呂が、近江国から都へ上ってくる途中、宇治川のほとりで詠んだ歌。
修辞
- 序詞
- 「もののふの八十氏河の網代木に」が「いさよふ波」を導くとみる説もある。
- 枕詞
- 「もののふの」が「八十氏河」にかかる。
解説
宇治川の流れに人生の無常を重ねた歌として古くから名高く、後に仏教的な無常観の歌として読まれるようになった。「網代木にいさよふ波」の具体的な描写から、「行方知らずも」という深い感慨へと広がっていく。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、96頁(コマ52)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、94頁(コマ53)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日