万葉集 巻第二 199〜202番
かけまくも ゆゆしきかも
壬申の乱で天武天皇の命を受け、軍を率いて戦った高市皇子。その勇姿をたたえ、太政大臣として天下を治めた皇子の死を悼む。万葉集で最も長い、柿本人麻呂の長歌と短歌。

題詞高市皇子尊の城上の殯宮の時、柿本朝臣人麿の作れる歌一首并に短歌/或書の反歌
- 1かけかけかけまくまくまくゆゆしきゆゆしきゆゆしきかもかもかも挂文 忌之伎鴨199 長歌
- 2言言いははわまくまくまくもももあやあやあやににに畏畏かしこききき言久母 綾爾畏伎
- 3明日香明日香あすかののの眞眞ま神神かみののの原原はらににに明日香乃 眞神之原爾
- 4ひさかたひさかたひさかたののの天天あまつつつ御御み門門かどををを久堅能 天津御門乎
- 5かしこくかしこくかしこくももも定定さだめめめたまひたまひたまいててて懼母 定賜而
- 6神神かむさぶさぶさぶととと磐磐いわ隱隱がくりりりますますます神佐扶跡 磐隱座
- 7やすみししやすみししやすみしし吾吾わががが王王おおきみののの八隅知之 吾大王乃
- 8きこしめすきこしめすきこしめす背背そ面面ともののの國國くにののの所聞見爲 背友乃國之
- 9眞眞ま木木き立立たつつつ不破不破ふわ山山やま越越こえええててて眞木立 不破山越而
- 10高麗高麗こまががが原原はらののの狛劒 和射見我原乃
- 11行行かり宮宮みやににに天降天降あもりりり坐坐いましししててて行宮爾 安母理座而
- 12天天あめののの下下した治治おさめめめ給給たまひひい天下 治賜
- 13食食おす國國くにををを定定さだめめめたまふたまふたまうととと食國乎 定賜等
- 14鳥鳥とりががが鳴鳴なくくく吾妻吾妻あずまののの國國くにののの鳥之鳴 吾妻乃國之
- 15御御み軍軍いくさ士士びとををを召召めししし給給たまひひいててて御軍士乎 喚賜而
- 16ちはやぶるちはやぶるちはやぶる人人ひとををを和和やわせせせととと千磐破 人乎和爲跡
- 17從服從服まつろははわぬぬぬ國國くにををを治治おさめめめととと不奉仕 國乎治跡
- 18皇子皇子みこながらながらながら任任まけけけ給給たまへへえばばば皇子隨 任賜者
- 19大大おお御御み身身みににに太太た刀刀ち取取とりりり帶帶おばしばしばし大御身爾 大刀取帶之
- 20大大おお御御み手手てににに弓弓ゆみ取取とりりり持持もたしたしたし大御手爾 弓取持之
- 21御御み軍軍いくさ士士びとををを率率あどもひひいたまひたまひたまい御軍士乎 安騰毛比賜
- 22齊齊ととのふるふるうる鼓鼓つづみののの音音おとははは齊流 鼓之音者
- 23雷雷いかずちののの聲聲こえととと聞聞きくくくまでまでまで雷之 聲登聞麻低
- 24吹吹ふききき響響とよむるるる小小くだののの音音おとももも吹響流 小角乃音母
- 25敵敵あた見見みたるたるたる虎虎とらかかか吼吼ほゆるゆるゆるととと敵見有 虎可吼登
- 26諸諸もろ人人ひとのののおびゆるおびゆるおびゆるまでまでまでににに諸人之 協流麻低爾
- 27捧捧ささげげげたるたるたる幡幡はたののの靡靡なびきははは指擧有 幡之靡者
- 28冬冬ふゆごもりごもりごもり春春はるさりさりさり來來くれれればばば冬木成 春去來者
- 29野野ぬごとごとごとににに著著つきききてててあるあるある火火ひののの野每 著而有火之
- 30風風かぜののの共共むた靡靡なびくくくがががごとくごとくごとく風之共 靡如久
- 31取取とりりり持持もたるたるたる弓弓ゆ弭弭はずののの騒騒さわぎ取持流 弓波受乃驟
- 32みみみ雪雪ゆき降降ふるるる冬冬ふゆののの林林はやしににに三雪落 冬乃林爾
- 33飄風飄風つむじかもかもかもいいい卷卷まききき渡渡わたるるるととと飄可毛 伊卷渡等
- 34思思おもふふうまでまでまで聞聞ききののの恐恐かしこくくく念麻低 聞之恐久
- 35引引ひききき放放はなつつつ箭箭やののの繁繁しげけくけくけく引放 箭繁計久
- 36大大おお雪雪ゆきののの亂亂みだれれれててて來來きたれたれたれ大雪乃 亂而來禮
- 37從服從服まつろははわずずず立立たちちち向向むかひひいしししももも不奉仕 立向之毛
- 38露露つゆ霜霜じもののの消消けなななばばば消消けぬぬぬべくべくべく露霜之 消者消倍久
- 39去去ゆくくく鳥鳥とりののの競競あらそふふう間間はしににに去鳥乃 相競端爾
- 40ののの齋宮齋宮いわいのみやゆゆゆ渡會乃 齊宮從
- 41神神かむ風風かぜにににいいい吹吹ふききき惑惑まどはしはしわし神風爾 伊吹惑之
- 42天天あま雲雲くもををを日日ひののの目目めももも見見みせせせずずず天雲乎 日之目毛不令見
- 43常常とこ闇闇やみににに覆覆おおひひい給給たまひひいててて常闇爾 覆賜而
- 44定定さだめめめてててししし瑞瑞みず穗穗ほののの國國くにををを定之 水穗之國乎
- 45神神かむながらながらながら太太ふと敷敷しききき坐坐ましししててて神隨 太敷座而
- 46やすみししやすみししやすみしし吾吾わご大王大王おおきみののの八隅知之 吾大王之
- 47天天あめののの下下した申申もうししし給給たまへへえばばば天下 申賜者
- 48萬萬よろず代代よににに然然しかしししもももあらあらあらむむんととと萬代 然之毛將有登
- 49木綿木綿ゆう花花はなののの榮榮さかゆるゆるゆる時時ときににに木綿花乃 榮時爾
- 50わがわがわが大王大王おおきみ皇子皇子みこののの御御み門門かどををを吾大王 皇子之御門乎
- 51神神かむ宮宮みやににに裝裝よそひひいまつりまつりまつりててて神宮爾 裝束奉而
- 52つかはしつかはしつかわしししし御御み門門かどののの人人ひとももも遣使 御門之人毛
- 53白白しろ妙妙たえののの麻麻あさ衣衣ごろも著著き白妙乃 麻衣著
- 54埴安埴安はにやすののの御御み門門かどののの原原はらににに埴安乃 御門之原爾
- 55あかねあかねあかねさすさすさす日日ひのののことごとことごとことごと赤根刺 日之盡
- 56鹿鹿ししじものじものじものいいい匍匍はひひい伏伏ふしししつつつつつつ鹿自物 伊波比伏管
- 57ぬばたまぬばたまぬばたまののの夕夕ゆうべににに至至いたれれればばば烏玉能 暮爾至者
- 58大大おお殿殿とのをををふりふりふり放放さけけけ見見みつつつつつつ大殿乎 振放見乍
- 59鶉鶉うずらなすなすなすいいい匍匍はひひいもとほりもとほりもとおり鶉成 伊波比廻
- 60侍侍さもらへへえどどど侍侍さもらひひい得得えねねねばばば雖侍候 佐母良比不得者
- 61春春はる鳥鳥とりのののさまよひさまよひさまよいぬれぬれぬればばば春鳥之 佐麻欲比奴禮者
- 62嘆嘆なげきもももいまだいまだいまだ過過すぎぎぎぬぬぬににに嘆毛 未過爾
- 63憶憶おもいもももいまだいまだいまだ盡盡つきききねねねばばば憶毛 未盡者
- 64言言こと喧喧さえぐぐぐ百濟百濟くだらののの原原はらゆゆゆ言左敝久 百濟之原從
- 65神神かむ葬葬はふりりり葬葬はふりりりいましいましいましててて神葬 葬伊座而
- 66麻麻あさ裳裳もよしよしよし城上城上きのえののの宮宮みやををを朝毛吉 木上宮乎
- 67常常とこ宮宮みやととと定定さだめめめまつりまつりまつりててて常宮等 高之奉而
- 68神神かむながらながらながら鎭鎭しずまりりりましましましぬぬぬ神隨 安定座奴
- 69然然しかれれれどもどもどもわがわがわが大王大王おおきみののの雖然 吾大王之
- 70萬萬よろず代代よととと思思おもほしほしおしめめめしししててて萬代跡 所念食而
- 71作作つくらしらしらしししし香香か具具ぐ山山やまののの宮宮みや作良志之 香來山之宮
- 72萬萬よろず代代よににに過過すぎぎぎむむんととと思思おもへへえややや萬代爾 過牟登念哉
- 73天天あめののの如如ごとふりふりふり放放さけけけ見見みつつつつつつ天之如 振放見乍
- 74玉玉たま襷襷だすきかけかけかけててて偲偲しぬばばばむむん恐恐かしこかれかれかれどもどもども玉手次 懸而將偲 恐有騰文
- 75ひさかたひさかたひさかたののの久堅之200 短歌
- 76天天あめ知知しらしらしらしぬるぬるぬる天所知流
- 77君君きみゆゑゆゑゆえににに君故爾
- 78日日ひ月月つきももも知知しらららににに日月毛不知
- 79戀戀こひひいわたるわたるわたるかもかもかも戀渡鴨
- 80はにやすはにやすはにやすののの埴安乃201 短歌
- 81池池いけののの堤堤つつみののの池之堤之
- 82隱隱こもりののの隱沼乃
- 83行方行方ゆくえををを知知しらららににに去方乎不知
- 84舎舎とね人人りははは惑惑まとふふう舍人者迷惑
- 85ののの哭澤之202 或書の反歌
- 86神社神社もりににに神酒神酒みわすゑすゑすえ神社爾三輪須惠
- 87禱禱こひひい祈祈のめめめどどど雖禱祈
- 88わがわがわが王王おおきみははは我王者
- 89高高たか日日ひ知知しらしらしらしぬぬぬ高日所知奴
現代語訳
〔199〕心にかけて思うのもはばかられ、口に出して言うのも恐れ多い。明日香の真神の原に天の宮殿を恐れ多くもお定めになって、神として岩戸にお隠れになった、わが大君(天武天皇)が治められる北の国の、木の茂る不破山を越えて、和蹔が原の仮の宮に天降りなさって、天下を治め、国をお定めになろうと、東国の兵士たちをお召しになり、荒々しい人々を和らげよ、従わない国を治めよと、皇子(高市皇子)のままにお任せになったので、皇子はその身に太刀を帯び、その手に弓を取り持ち、兵士たちを率いられた。整える鼓の音は雷の声と聞くほどで、吹き鳴らす小角(くだ)の音も、敵を見た虎が吼えるかと人々がおびえるほどで、捧げ持つ旗のなびきは、春になって野ごとにつけた火が風にあおられてなびくように、手に持つ弓弭の騒ぐ音は、雪の降る冬の林につむじ風が巻き起こるかと思うほど恐ろしく、放つ矢の多さは大雪が乱れ降るようであった。従わずに立ち向かった者たちも、露霜のように消えるなら消えよと、飛ぶ鳥のように先を争うところへ、渡会の斎宮から神風が吹きつけて敵を惑わせ、天雲で日の光も見せず真っ暗にして、平定した瑞穂の国を、神のままにお治めになった。わが大君の天下を、皇子が太政大臣として申し治められたので、いつまでもこのようであろうと、木綿の花のように栄えていた時に、わが皇子の御殿を神の宮として飾り申し上げ、お仕えしていた宮の人々も、白い麻の喪服を着て、埴安の御門の原に、昼は一日中、鹿のように腹ばいになり、夜になると大殿を仰ぎ見ながら、鶉のように腹ばいまわってお仕えするけれど、そのかいもないので、春の鳥のように泣き声をあげている。その嘆きもまだ終わらず、思いもまだ尽きないうちに、百済の原を通って神として葬り申し上げ、城上の宮を永遠の宮と定めて、皇子は神として鎮まってしまわれた。けれども、わが大君が万代までもとお思いになって造られた香具山の宮は、いつまでも滅びることがあろうか。天を仰ぐように仰ぎ見ながら、心にかけてしのぼう。恐れ多いことではあるけれど。
〔200〕(ひさかたの)天をお治めになってしまった君のために、月日のたつのも知らずに恋い慕い続けることだ。
〔201〕埴安の池の堤に囲まれた隠れ沼のように、行方もわからず、舎人たちは途方に暮れている。
〔202〕哭沢の神社に神酒を据えて祈ったけれど、わが大君は空高くお治めになってしまった(亡くなってしまわれた)。
意訳
高市皇子は天武天皇の長子で、壬申の乱(672)では十九歳で全軍の指揮をまかされ、近江朝廷軍を破った。のちに持統天皇のもとで太政大臣として政治を支え、持統天皇10年(696)に亡くなった。人麻呂はこの長歌で、壬申の乱における皇子の勇壮な戦いぶりを、鼓の音、旗のなびき、弓弭の騒ぎ、雪のような矢と、たたみかける比喩で描き出す。そして天下の安定をもたらした皇子の死と、喪に服す宮人たちの悲しみを歌い、皇子の香具山の宮が永遠に残ることを願って結ぶ。万葉集で最も長い歌であり、人麻呂の挽歌の最高傑作とされる。
語釈・文法注
- かけまくも
- 心にかけて思うことも。
- 高麗劒(こまつるぎ)
- 「和蹔(わざみ)」にかかる枕詞。高麗風の剣の柄頭の輪(わ)から。
- 和蹔(わざみ)が原
- 美濃国の地名。今の岐阜県関ケ原町あたり。壬申の乱で大海人皇子が本営を置いた。
- 小角(くだ)
- 軍隊で用いた管楽器、角笛。
- 渡會(わたらひ)
- 伊勢国度会郡。伊勢神宮のある地。壬申の乱で伊勢の神が神風を吹かせて味方したと信じられた。
- 隱沼(こもりぬ)
- 草などに隠れて水の流れ出る所のない沼。
- 哭澤(なきさは)
- 香具山のふもとにある哭沢女神社(奈良県橿原市)。
文法・本文
- 定めまつりて(本文)
- 『白文万葉集』は「常宮等 高之奉而」とするが、底本の『新訓万葉集』は「常宮と 定めまつりて」と訓む。
- 左注
- 202番の後に「右の一首は、類聚歌林に曰く、檜隈女王、泣沢神社を怨むる歌なり。日本紀を案ずるに曰く、十年丙申秋七月辛丑朔庚戌、後皇子尊薨ず」とある。
和歌
- 作者
- 柿本人麻呂(生没年未詳(7世紀後半〜8世紀初め))
持統天皇・文武天皇の時代に宮廷に仕えた歌人。皇族の死を悼む壮大な挽歌を多く残した。 - 出典
- 『万葉集』巻第二・挽歌・199〜202番
- 歌体
- 長歌(五七をくり返し、五七七で結ぶ)
- 時期
- 第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
- 状況
- 持統天皇10年(696)7月、高市皇子(後皇子尊)が亡くなり、城上に殯宮が営まれたときに柿本人麻呂が詠んだ長歌と短歌。202番は「或書の反歌」で、左注は檜隈女王の作とする伝えを記す。
修辞
- 比喩の連続
- 鼓の音を雷に、小角の音を虎の吼え声に、旗のなびきを野火に、弓弭の音をつむじ風に、矢を大雪にたとえ、戦場の迫力を描き出す。
- 枕詞
- 「ひさかたの」「やすみしし」「高麗劒」「鳥が鳴く」「ちはやぶる」「冬ごもり」「露霜の」「白妙の」「あかねさす」「ぬばたまの」「麻裳よし」「玉襷」など、きわめて多くの枕詞を用いる。
- 対句
- 「大御身に太刀取り帶ばし」と「大御手に弓取り持たし」など。
解説
この長歌は149句からなり、万葉集で最も長い歌である。前半は天武天皇の時代の壬申の乱を描き、皇子が東国の兵を率いて戦った様子を、比喩をたたみかけて叙事詩のように語る。伊勢の神が神風を吹かせて味方したという描写には、天皇家と伊勢神宮の結びつきを強調する意図もうかがえる。
後半は一転して、皇子の死と、喪に服す宮人たちの姿を描く。鹿や鶉のように地に伏して嘆く宮人、春の鳥のようにさまよう声など、悲しみの表現も比喩によって具体的である。勇壮な戦いの描写と深い悲しみの描写とを一つの長歌にまとめあげた構成力は、人麻呂の力量を最もよく示すものといえる。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、69頁(コマ38)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、64頁(コマ38)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日