万葉集 巻第二 163〜164番
神風の 伊勢の國にも
伊勢の国にいればよかったのに、どうして都に帰って来たのだろう。会いたい弟はもういないのに。弟大津皇子の死後、伊勢から都へ戻った大伯皇女の二首。

題詞藤原宮御宇天皇代(高天原廣野姫天皇) 大津皇子薨じ給ひし後、大來皇女伊勢の齋宮より京に上りし時の御作歌二首
現代語訳
〔163〕(神風の)伊勢の国にでもいればよかったのに、どうして都に帰って来てしまったのだろう。あなたももういないのに。
〔164〕会いたいと私が願っているあなたもいないのに、どうして帰って来てしまったのだろう。馬が疲れるだけなのに。
意訳
朱鳥元年(686)、弟の大津皇子は謀反の罪で死を賜った。斎宮の任を解かれた大伯皇女は、伊勢から都へ戻ってくる。しかし都に帰っても、会いたい弟はもういない。こんなことなら伊勢にいればよかった、何のために帰ってきたのか、と嘆く。164番の「馬疲るるに」は、馬が疲れるだけで何の甲斐もない旅だったという、むなしさを表している。
語釈・文法注
文法・本文
- あらましを
- 「まし」は反実仮想。いればよかったのに。
- 奈何か來けむ
- 「けむ」は過去の原因推量。どうして来てしまったのだろう。
和歌
- 作者
- 大伯皇女(661–701)
天武天皇の皇女で、大津皇子の同母の姉。伊勢神宮の斎宮を務めた。題詞では「大來皇女」と書かれている。 - 出典
- 『万葉集』巻第二・挽歌・163〜164番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
- 状況
- 大津皇子が亡くなった後、大伯皇女が伊勢の斎宮から都へ上ったときの二首。朱鳥元年(686)11月のこと。
修辞
- 反復
- 二首とも「君も在らなくに」「奈何か來けむ」をくり返す。
解説
105・106番で弟を見送った大伯皇女は、弟の死後、斎宮の任を解かれて都へ戻った。父の天武天皇の死にともなう交代であったが、都にはもう弟の姿はなかった。二首は同じ言葉をくり返しながら、帰京のむなしさと悲しみを重ねている。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、64頁(コマ36)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、58頁(コマ35)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日