古典ライブラリー

万葉集 巻第二 162番

明日香の 清御原の宮に

持統天皇(じとうてんのう)

明日香の清御原の宮で天下を治められた大君は、どうお思いになったのか、海藻もなびく波に潮の香りだけが漂う伊勢の国に行ってしまわれた。天武天皇の八年忌の夜、持統天皇が夢の中で口ずさんだという長歌。

伊勢の海辺を思わせる夢の情景で、女帝が霧の向こうにかすむ男の後ろ姿を見つめている
伊勢の海辺を思わせる夢の情景で、女帝が霧の向こうにかすむ男の後ろ姿を見つめている

題詞天皇崩じ給ひし後、八年九月九日御齋會を奉爲にせし夜、夢の裏に習ひ賜へる御歌一首

  1. 1明日香あすか明日香あすかあすかののの清きよ清きよきよ御み御みみ原はら原はらはらののの宮みや宮みやみやににに明日香能 清御原乃宮爾
  2. 2天あめ天あめあめののの下した下したした知し知ししろしろしろしめめめしししししし天下 所知食之
  3. 3やすみししやすみししやすみしし吾わご吾わごわご大王おほきみ大王おほきみおおきみ八隅知之 吾大王
  4. 4高たか高たかたか照て照ててすすす日ひ日ひひののの皇子みこ皇子みこみこ高照 日之皇子
  5. 5いかさまいかさまいかさまににに思おも思おもおもほしほしおしめめめせせせかかか何方爾 所念食可
  6. 6神かむ神かむかむ風かぜ風かぜかぜののの伊勢いせ伊勢いせいせののの國くに國くにくにははは神風乃 伊勢能國者
  7. 7奧おき奧おきおきつつつ藻も藻ももももも靡な靡ななみみみたるたるたる波なみ波なみなみににに奧津藻毛 靡足波爾
  8. 8鹽しほ鹽しほしお氣け氣けけのみのみのみ香かを香かをかおれれれるるる國くに國くにくにににに鹽氣能味 香乎禮流國爾
  9. 9味うま味うまうまあやあやあやにににともしきともしきともしき味凝 文爾乏寸
  10. 10高たか高たかたか照て照ててすすす日ひ日ひひののの皇子みこ皇子みこみこ高照 日之御子

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

明日香の清御原の宮で天下をお治めになった、わが大君、高く照らす日の御子は、どのようにお思いになったのか、(神風の)伊勢の国は、沖の藻もなびいている波に、潮の香りばかりが漂う国なのに、(味凝)むしょうに慕わしい、高く照らす日の御子よ。

意訳

天武天皇の死から八年後、その冥福を祈る法会の夜、持統天皇は夢の中でこの歌を口ずさんだという。夢の中の天皇は、潮の香りだけが漂う伊勢の国へ行ってしまっていた。伊勢は皇祖神をまつる地であり、天皇の魂が神となって伊勢へ去ったことを表しているとも考えられる。八年たっても消えない夫への思慕が、夢の歌としてあふれ出ている。

語釈・文法注

味凝(うまこり)
「あや」にかかる枕詞。よく織り上げた綾の意。

文法・本文

いかさまに思ほしめせか
どのようにお思いになったからか。29番の人麻呂の歌にも見える句。

和歌

作者
持統天皇(645–702)
天智天皇の皇女で、天武天皇の皇后。天武天皇の没後に即位した。
出典
『万葉集』巻第二・挽歌・162番
歌体
長歌(五七をくり返し、五七七で結ぶ)
時期
第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
状況
天武天皇の死後8年目、持統天皇7年(693)9月9日、天皇の冥福を祈る御斎会を行った夜に、持統天皇が夢の中で習い覚えたという長歌。

修辞

枕詞
「やすみしし」「高照す」「神風の」「味凝」など。

解説

夢の中で歌を習い覚えたという題詞は珍しく、天皇の思いの深さを物語っている。持統天皇は在位中、たびたび伊勢や吉野へ行幸しており、天武天皇との思い出の地への思いが、夢の中で伊勢の情景として現れたのかもしれない。

この歌の後、巻第二の挽歌は藤原宮の時代に移り、大津皇子の死をめぐる大伯皇女の歌(163〜166番)へと続く。

関連

出典

底本
佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、63頁(コマ35)。国立国会図書館デジタルコレクション
原文
佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、58頁(コマ35)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日