古典ライブラリー

万葉集 巻第二 151〜152番

斯からむと

額田王・舎人吉年(ぬかたのおおきみ・とねりのよしとし)

こうなると前もって知っていたなら、大君の御船が泊まった港に標縄を張っておいたのに。天智天皇の殯の時の、額田王と舎人吉年の歌。

琵琶湖の唐崎の浜に人けのない船着き場があり、二人の女性が湖を見つめている
琵琶湖の唐崎の浜に人けのない船着き場があり、二人の女性が湖を見つめている

題詞天皇の大殯の時の歌二首

  1. 1斯か斯かかからからからむむんととと如是有刀151(額田王)
  2. 2豫か豫かかねねねててて知し知ししりりりせせせばばば豫知勢婆
  3. 3大おほ大おほおお御み御みみ船ふね船ふねふね大御船
  4. 4泊は泊ははてててししし泊とまり泊とまりとまりににに泊之登萬里人
  5. 5標しめ標しめしめ結ゆ結ゆゆははわましましましををを標結麻思乎
  6. 6やすみししやすみししやすみしし八隅知之152(舎人吉年)
  7. 7わごわごわご大王おほきみ大王おほきみおおきみののの吾期大王乃
  8. 8大おほ大おほおお御み御みみ船ふね船ふねふね大御船
  9. 9待ま待ままちちちかかか戀こ戀ここひひいなむなむなん待可將戀
  10. 10志賀しが志賀しがしがののの辛埼からさき辛埼からさきからさき四賀乃辛埼

引用の仕方

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現代語訳

〔151 額田王〕こうなると前もって知っていたなら、大君の御船が泊まった港に、標縄を張っておいたのに。

〔152 舎人吉年〕わが大君の御船を、待ち焦がれることだろうか、志賀の唐崎は。

意訳

天皇が亡くなり、殯(もがり)の儀式が行われた。額田王は、天皇が船遊びをした港に、もし死がわかっていたなら標縄を張って、天皇の魂がそこから去らないように引き留めたのに、と悔やむ。舎人吉年は、天皇の船を迎えた唐崎の浜が、もう来ることのない御船を待ち焦がれるだろうと、土地に悲しみを託して歌う。

語釈・文法注

文法・本文

知りせば……結はましを
「…せば…まし」は反実仮想。知っていたら張っておいたのに。
斯からむと(本文)
『白文万葉集』は原文を「如是有刀」とする。底本は『万葉代匠記』によって訓む。

和歌

作者
額田王・舎人吉年(7世紀後半)
151番は額田王、152番は舎人吉年の作。舎人吉年は伝未詳の女性とみられる。
出典
『万葉集』巻第二・挽歌・151〜152番
歌体
短歌(五七五七七)
時期
第1期(629〜672年(舒明天皇の即位〜壬申の乱))
状況
天智天皇の大殯(おおあらき、天皇の遺体を仮に安置して行う儀式)の時の歌。151番は額田王、152番は舎人吉年の作。

修辞

擬人
152番は、唐崎の浜を、御船を待ち焦がれる人のように詠む。

解説

殯は、亡くなった人をすぐに葬らず、一定の期間仮に安置して、魂を慰め、復活を願う儀礼である。標縄を張って魂を引き留めたかったという額田王の歌には、魂の行方を案じる古代の信仰がうかがえる。

152番の「志賀の辛埼」は、29〜31番の人麻呂の近江荒都歌でも「大宮人の船待ちかねつ」と詠まれており、天智天皇の時代をしのぶ土地として記憶されていた。

関連

出典

底本
佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、61頁(コマ34)。国立国会図書館デジタルコレクション
原文
佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、56頁(コマ34)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日