新古今和歌集 巻第十 羇旅歌 907番
東路や
東路の小夜の中山ではないが、はっきりとも見えない雲の彼方で、一生を終えるのだろうか。
場面イラスト(準備中)
現代語訳
東路の小夜の中山ではないが、はっきりとも見えない雲の彼方で、一生を終えるのだろうか。
意訳
東国へ向かう道の小夜の中山を越えていく。その名のように「さやか」には見えない雲の彼方の国で、私は一生を終えるのだろうか。
語釈・文法注
- さやの中山
- 遠江国の歌枕。
- 世をつくす
- 一生を終える。
和歌
- 作者
- 壬生忠岑(みぶのただみね) 生没年未詳(九世紀後半〜十世紀前半)
『古今和歌集』の撰者の一人。右衛門府生など下級の武官を務めた。歌論書『和歌体十種(忠岑十体)』の作者とされる。三十六歌仙の一人。 - 出典
- 『新古今和歌集』巻第十・羇旅歌・907番
- 歌体
- 短歌
- 状況
- 題しらず(詠まれた事情は伝わらない)。
修辞
- 序詞
- 「東路やさやの中山」が同音の「さやか」を導く。
解説
忠岑の歌。
関連
出典
- 底本
- 『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、166頁(コマ93)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
- 更新日