古典ライブラリー

新古今和歌集 巻第九 離別歌 862番

逢坂の

藤原兼輔(ふじわらのかねすけ)

逢坂の関にわが家がなかったならば、別れていく人は、再会を頼みにしないだろうに。

作者
中納言兼輔(藤原兼輔)
  1. 1逢坂あふさか逢坂あふさかおうさかののの關せき關せきせき近ちか近ちかちかきわたりにきわたりにきわたりに住す住すすみみみ侍はべ侍はべはべりけるにりけるにりけるに、、、遠とほ遠とほとおききき所ところ所ところところにまかりけるにまかりけるにまかりける人ひと人ひとひとににに、、、餞はなむけ餞はなむけはなむけししし侍はべ侍はべはべりてりてりて詞書
  2. 2逢坂あふさか逢坂あふさかおうさかののの初句
  3. 3關せき關せきせきににに我わ我わわががが宿やど宿やどやど二句
  4. 4なかりせばなかりせばなかりせば三句
  5. 5別わか別わかわかるゝるゝるる人ひと人ひとひとははは四句
  6. 6たのまざらましたのまざらましたのまざらまし結句

引用の仕方

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現代語訳

〔詞書〕逢坂の関に近いあたりに住んでおりました時、遠い所に下る人に、餞別の宴をしまして。

逢坂の関にわが家がなかったならば、別れていく人は、再会を頼みにしないだろうに。

意訳

もし私の家が逢坂の関のそばになかったら、別れていく人は、また逢えることを頼みにしなかったでしょう。逢坂という名があるからこそ、再会を期待できるのです。

語釈・文法注

逢坂の関
山城国と近江国の境の関。「逢ふ」を掛ける。

和歌

作者
藤原兼輔(ふじわらのかねすけ) 877–933
藤原利基の子。中納言に至った。賀茂川の堤に邸があったので堤中納言と呼ばれた。紫式部の曽祖父。三十六歌仙の一人。
出典
『新古今和歌集』巻第九・離別歌・862番
歌体
短歌
状況
詞書「逢坂の關近きわたりに住み侍りけるに、遠き所にまかりける人に、餞し侍りて」(逢坂の関に近いあたりに住んでおりました時、遠い所に下る人に、餞別の宴をしまして)。

修辞

反実仮想
反実仮想。

解説

兼輔の歌。

関連

出典

底本
『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、157頁(コマ88)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
更新日