古典ライブラリー

新古今和歌集 巻第八 哀傷歌 840番

おくれゐて

源通親(みなもとのみちちか)

後に残されて見るのが悲しい。このはかなさなのに、つらいわが身の後のことを、どうして頼みにしていたのだろう。

作者
土御門内大臣(源通親)
  1. 1左近中將通宗さこんのちゆうじやうみちむね左近中將通宗さこんのちゆうじやうみちむねさこんのちゅうじょうみちむねががが墓所ぼしよ墓所ぼしよぼしょにまかりてにまかりてにまかりて、、、よみよみよみ侍はべ侍はべはべりけるりけるりける詞書
  2. 2おくれゐておくれゐておくれいて初句
  3. 3見み見みみるぞるぞるぞ悲かな悲かなかなしきしきしき二句
  4. 4はははかなさかなさかなさををを三句
  5. 5憂う憂ううききき身み身みみののの跡あと跡あとあとににに四句
  6. 6何なに何なになに賴たの賴たのたのみけむみけむみけむ結句

引用の仕方

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現代語訳

〔詞書〕左近中将通宗の墓所に行って詠みました歌。

後に残されて見るのが悲しい。このはかなさなのに、つらいわが身の後のことを、どうして頼みにしていたのだろう。

意訳

子に先立たれて、その墓を見るのは悲しい。こんなにはかない命なのに、どうして自分の死後のことを子に頼もうと思っていたのだろう。

語釈・文法注

通宗
通親の子。建久九年(1198年)に没した。

和歌

作者
源通親(みなもとのみちちか) 1149–1202
村上源氏。内大臣に至った。後鳥羽院の外戚として権勢をふるい、通具・通光の父。和歌所の寄人を務めた。
出典
『新古今和歌集』巻第八・哀傷歌・840番
歌体
短歌
状況
詞書「左近中將通宗が墓所にまかりて、よみ侍りける」(左近中将通宗の墓所に行って詠みました歌)。

修辞

二句切れ
二句切れ。

解説

通親の歌。底本は第四句を「憂き身の跡に」とするが、「憂き身の跡と」とする本もある。

関連

出典

底本
『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、152頁(コマ86)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
更新日