古典ライブラリー

新古今和歌集 巻第八 哀傷歌 804番

神無月

相模(さがみ)

神無月、時雨の降るころも、どうしているのだろうか。空しく秋の過ぎ去った宮人たちは。

作者
相模
  1. 1枇杷皇太后宮びはのくわうたいごうぐう枇杷皇太后宮びはのくわうたいごうぐうびわのこうたいごうぐうかくれてかくれてかくれて後のち後のちのち、、、十月かみなづき十月かみなづきかみなずきばかりばかりばかり彼か彼かかののの宮みや宮みやみやののの人々ひとびと人々ひとびとひとびとののの中なか中なかなかににに、、、誰たれ誰たれたれともなくてさしともなくてさしともなくてさし置お置おおかせけるかせけるかせける詞書
  2. 2神無月かみなづき神無月かみなづきかみなづき初句
  3. 3しぐるゝしぐるゝしぐるる頃ころ頃ころころももも二句
  4. 4いかなれやいかなれやいかなれや三句
  5. 5空そら空そらそらににに過す過すすぎにしぎにしぎにし四句
  6. 6秋あき秋あきあきののの宮みや宮みやみや人びと人びとびと結句

引用の仕方

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現代語訳

〔詞書〕枇杷皇太后宮が亡くなった後、十月ごろ、その宮の人々の中に、誰とも名乗らずに置かせた歌。

神無月、時雨の降るころも、どうしているのだろうか。空しく秋の過ぎ去った宮人たちは。

意訳

十月、時雨の降るころ、どうしておいででしょう。秋とともに主を失って、むなしく時を過ごしている宮人の方々は。

語釈・文法注

枇杷皇太后宮
藤原妍子。三条天皇の中宮。万寿四年(1027年)九月に没した。
空に
むなしく。

和歌

作者
相模(さがみ) 生没年未詳(十一世紀)
相模守大江公資の妻だったことから相模と呼ばれた。のち一条天皇の皇女脩子内親王に仕えた。歌合で活躍した女房歌人。
出典
『新古今和歌集』巻第八・哀傷歌・804番
歌体
短歌
状況
詞書「枇杷皇太后宮かくれて後、十月ばかり彼の宮の人々の中に、誰ともなくてさし置かせける」(枇杷皇太后宮が亡くなった後、十月ごろ、その宮の人々の中に、誰とも名乗らずに置かせた歌)。

修辞

体言止め
体言止め。

解説

相模の歌。

関連

出典

底本
『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、144頁(コマ82)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
更新日