古典ライブラリー

新古今和歌集 巻第八 哀傷歌 796番

まれにくる

藤原俊成(ふじわらのとしなり(しゅんぜい))

たまに来る私でさえ夜半に悲しく聞く松風を、絶えず苔の下で聞いているのだろうか。

作者
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  1. 1定家朝臣さだいへのあそん定家朝臣さだいへのあそんさだいえのあそんののの母はは母はははは身み身みみまかりてまかりてまかりて後のち後のちのち、、、秋あき秋あきあき頃ころ頃ころころ墓所ぼしよ墓所ぼしよぼしょ近ちか近ちかちかききき堂だう堂だうどうにとまりてよみにとまりてよみにとまりてよみ侍はべ侍はべはべりけるりけるりける詞書
  2. 2まれにくるまれにくるまれにくる初句
  3. 3夜半よは夜半よはよわもかなしきもかなしきもかなしき二句
  4. 4松まつ松まつまつ風かぜ風かぜかぜををを三句
  5. 5絕た絕たたえずやえずやえずや苔こけ苔こけこけののの四句
  6. 6下した下したしたにきくらむにきくらむにきくらむ結句

引用の仕方

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現代語訳

〔詞書〕定家朝臣の母が亡くなった後、秋のころ、墓所に近い堂に泊まって詠みました歌。

たまに来る私でさえ夜半に悲しく聞く松風を、絶えず苔の下で聞いているのだろうか。

意訳

たまにしか来ない私でさえ、夜半に聞く松風はこんなに悲しい。墓の苔の下に眠る妻は、この松風を絶えず聞いているのだろうか。

語釈・文法注

苔の下
墓の下。

和歌

作者
藤原俊成(ふじわらのとしなり(しゅんぜい)) 1114–1204
藤原定家の父。『千載和歌集』を撰び、歌論書『古来風体抄』を著した。余情と「幽玄」を重んじる歌風で、御子左家の歌学の基礎を築き、新古今時代の歌人たちを導いた。法名は釈阿。
出典
『新古今和歌集』巻第八・哀傷歌・796番
歌体
短歌
状況
詞書「定家朝臣の母身まかりて後、秋頃墓所近き堂にとまりてよみ侍りける」(定家朝臣の母が亡くなった後、秋のころ、墓所に近い堂に泊まって詠みました歌)。

解説

俊成の歌。定家の母は俊成の妻。

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出典

底本
『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、143頁(コマ81)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
更新日