古典ライブラリー

新古今和歌集 巻第八 哀傷歌 787番

今はさは

俊成女(藤原俊成女)(としなりのむすめ(しゅんぜいのむすめ))

今はそれでは、憂き世の習いである嵯峨の野辺を、露の消えはてた跡として偲ぼう。

作者
皇太后宮大夫俊成女(俊成女(藤原俊成女))
  1. 1母はは母ははははののの身み身みみまかりにけるまかりにけるまかりにけるををを嵯峨さが嵯峨さがさがのののほとりにほとりにほとりに納をさ納をさおさめめめ侍はべ侍はべはべりけるりけるりける夜よ夜よよ、、、よめるよめるよめる詞書
  2. 2今いま今いまいまはははさはさはさは初句
  3. 3うきうきうき世よ世よよのさがののさがののさがの二句
  4. 4野邊のべ野邊のべのべをををこそこそこそ三句
  5. 5露つゆ露つゆつゆ消き消ききえはてしえはてしえはてし四句
  6. 6跡あと跡あとあととしのばめとしのばめとしのばめ結句

引用の仕方

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現代語訳

〔詞書〕母が亡くなったのを、嵯峨のあたりに葬りました夜、詠んだ歌。

今はそれでは、憂き世の習いである嵯峨の野辺を、露の消えはてた跡として偲ぼう。

意訳

今はもう、生ある者は死ぬという憂き世のさがのとおり、母は嵯峨の野辺に眠った。この野辺を、母が露と消えた跡として偲んでいこう。

語釈・文法注

さが
「性(習い)」と「嵯峨」を掛ける。

和歌

作者
俊成女(藤原俊成女)(としなりのむすめ(しゅんぜいのむすめ)) 1171?–1254?
藤原俊成の孫で、養女となった。源通具の妻。後鳥羽院に仕え、千五百番歌合などで活躍した。余情に富む妖艶な歌風で、新古今時代を代表する女性歌人。
出典
『新古今和歌集』巻第八・哀傷歌・787番
歌体
短歌
状況
詞書「母の身まかりにけるを嵯峨のほとりに納め侍りける夜、よめる」(母が亡くなったのを、嵯峨のあたりに葬りました夜、詠んだ歌)。

修辞

掛詞
「さが」に「性」と「嵯峨」。

解説

俊成女の歌。

関連

出典

底本
『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、140頁(コマ80)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
更新日