新古今和歌集 巻第八 哀傷歌 786番
悲しきは
悲しいのは、秋の嵯峨野のこおろぎが、なお古い里で声をあげて鳴いているのだろうかということだ。
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現代語訳
〔詞書〕公時卿の母が亡くなって嘆いておりましたころ、大納言実国のもとに申し送った歌。
悲しいのは、秋の嵯峨野のこおろぎが、なお古い里で声をあげて鳴いているのだろうかということだ。
意訳
悲しいことだ。秋の嵯峨野のこおろぎは、今もなお亡き人の古里で、声をあげて鳴いているのだろう。
語釈・文法注
- きりぎりす
- 今のこおろぎ。
- 音をなく
- 声をあげて泣く。
和歌
- 作者
- 藤原実定(ふじわらのさねさだ) 1139–1191
右大臣藤原公能の子で、藤原俊成の甥。左大臣に至った。後徳大寺左大臣と呼ばれる。管絃にもすぐれ、『平家物語』には福原遷都の後に旧都を訪ねる逸話がある。 - 出典
- 『新古今和歌集』巻第八・哀傷歌・786番
- 歌体
- 短歌
- 状況
- 詞書「公時卿の母身まかりて歎き侍りける頃、大納言實國の許に申しつかはしける」(公時卿の母が亡くなって嘆いておりましたころ、大納言実国のもとに申し送った歌)。
解説
実定の歌。底本は初句を「悲しきは」とするが、「悲しさは」とする本もある。
関連
出典
- 底本
- 『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、140頁(コマ80)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
- 更新日