古典ライブラリー

新古今和歌集 巻第八 哀傷歌 778番

袖にさへ

徽子女王(斎宮女御)(きしじょおう)

袖にまで、秋の夕べは知られることだ。消えてしまった浅茅の露を、袖にかけながら。

作者
女御徽子女王(徽子女王(斎宮女御))
  1. 1一品いつぽん一品いつぽんいっぽん資子内親王ししないしんわう資子内親王ししないしんわうししないしんのうにあひてにあひてにあいて、、、昔むかし昔むかしむかしののの事こと事ことことどもどもども申まう申まうもうししし出いだ出いだいだしてよしてよしてよ詞書
  2. 2みみみ侍はべ侍はべはべりけるりけるりける詞書
  3. 3袖そで袖そでそでにさへにさへにさえ初句
  4. 4秋あき秋あきあきののの夕ゆふべ夕ゆふべゆうべははは二句
  5. 5知し知ししられけりられけりられけり三句
  6. 6消き消ききえしえしえし淺茅あさぢ淺茅あさぢあさじががが四句
  7. 7露つゆ露つゆつゆをををかけつゝかけつゝかけつつ結句

引用の仕方

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現代語訳

〔詞書〕一品資子内親王にお会いして、昔のことなどを申し出して詠みました歌。

袖にまで、秋の夕べは知られることだ。消えてしまった浅茅の露を、袖にかけながら。

意訳

秋の夕べの悲しさは、袖にまで知られることだ。浅茅の露のように消えてしまった人を思って流す涙を、袖にかけながら。

語釈・文法注

一品資子内親王
村上天皇の皇女。

和歌

作者
徽子女王(斎宮女御)(きしじょおう) 929–985
醍醐天皇の皇子重明親王の娘。伊勢の斎宮を務めたのち、村上天皇の女御となり、斎宮女御と呼ばれた。琴と和歌にすぐれた。三十六歌仙の一人。
出典
『新古今和歌集』巻第八・哀傷歌・778番
歌体
短歌
状況
詞書「一品資子内親王にあひて、昔の事ども申し出してよみ侍りける」(一品資子内親王にお会いして、昔のことなどを申し出して詠みました歌)。

修辞

三句切れ
三句切れ。
倒置
倒置。

解説

徽子女王の歌。徽子女王(斎宮女御)は村上天皇の女御。

関連

出典

底本
『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、138〜139頁(コマ79)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
更新日