新古今和歌集 巻第七 賀歌 752番
大江山
大江山を越えて行く生野の末は遠いので、その道のように、道理の行われる世にも巡りあったことだ。
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現代語訳
〔詞書〕平治元年の大嘗会で、主基方の辰の日の参入の音声の歌。生野を詠んだ歌。
大江山を越えて行く生野の末は遠いので、その道のように、道理の行われる世にも巡りあったことだ。
意訳
大江山を越えて行く生野の道は遠く続いている。その道のように、正しい道の行われる御代に巡りあうことができた。
語釈・文法注
- 大江山・生野
- 丹波国の地名。
- 末とほみ
- 末が遠いので。
- 道ある世
- 道理の行われる世。
和歌
- 作者
- 藤原範兼(ふじわらののりかね) 1107–1165
藤原能兼の子。刑部卿に至った。学者として知られ、歌学書『和歌童蒙抄』や歌枕の書『五代集歌枕』を著した。 - 出典
- 『新古今和歌集』巻第七・賀歌・752番
- 歌体
- 短歌
- 状況
- 詞書「平治元年の大嘗會主基方の辰日參入音聲生野をよめる」(平治元年の大嘗会で、主基方の辰の日の参入の音声の歌。生野を詠んだ歌)。
修辞
- 掛詞
- 「いく」に「行く」と「生野」。
解説
範兼の歌。平治元年(1159年)、二条天皇の大嘗会。
関連
出典
- 底本
- 『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、132頁(コマ76)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
- 更新日