新古今和歌集 巻第四 秋歌上 361番
さびしさは
この寂しさは、特にどの色からというわけでもないのだった。槇の立ち並ぶ山の、秋の夕暮れよ。
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現代語訳
この寂しさは、特にどの色からというわけでもないのだった。槇の立ち並ぶ山の、秋の夕暮れよ。
意訳
秋の寂しさは紅葉の色のせいだと思っていた。けれども、常緑の槇の立つ山の夕暮れにも、色とは関わりなく、しみじみとした寂しさが漂っている。
語釈・文法注
- その色としも
- 特にその色からというわけでも。
- 槇
- 杉や檜などの常緑樹。
和歌
- 作者
- 寂蓮法師(じゃくれんほうし) 1139?–1202
俗名は藤原定長。藤原俊成の甥で養子となったが、定家が生まれると出家した。『新古今和歌集』の撰者に選ばれたが、完成前に没した。「三夕の歌」の一首「さびしさはその色としもなかりけり」で知られる。 - 出典
- 『新古今和歌集』巻第四・秋歌上・361番
- 歌体
- 短歌
- 状況
- 題しらず(詠まれた事情は伝わらない)。
修辞
- 三句切れ
- 三句切れ。
- 体言止め
- 「秋の夕暮れ」。
解説
寂蓮の代表作で、西行の「心なき」、定家の「見わたせば」の歌とともに「三夕の歌」と呼ばれる。紅葉のような目に見える色ではなく、景色全体から寂しさを感じ取る、新古今時代の美意識をよく表している。百人一首87番も寂蓮の歌。
関連
出典
- 底本
- 『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、64頁(コマ42)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
- 更新日