古典ライブラリー

新古今和歌集 巻第四 秋歌上 341番

いとかくや

藤原俊成(ふじわらのとしなり(しゅんぜい))

これほどまで袖は涙で萎れただろうか。野辺に出て、昔も秋の花は見たけれど。

作者
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  1. 1入道前關白太政大臣にふだうさきのくわんぱくだいじやうだいじん入道前關白太政大臣にふだうさきのくわんぱくだいじやうだいじんにゅうどうさきのかんぱくだいじょうだいじん、、、右大臣うだいじん右大臣うだいじんうだいじんににに侍はべ侍はべはべりけるりけるりける時とき時ときとき、、、百首ひやくしゆ百首ひやくしゆひゃくしゅののの歌うた歌うたうたよませよませよませ侍はべ侍はべはべりけるにりけるにりけるに詞書
  2. 2いとかくやいとかくやいとかくや初句
  3. 3袖そで袖そでそでははは萎しを萎しをしおれしれしれし二句
  4. 4野邊のべ野邊のべのべににに出い出いいでてでてでて三句
  5. 5昔むかし昔むかしむかしももも秋あき秋あきあきののの四句
  6. 6花はな花はなはなははは見み見みみしかどしかどしかど結句

引用の仕方

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現代語訳

〔詞書〕入道前関白太政大臣(兼実)が右大臣でした時、百首歌を詠ませました折の歌。

これほどまで袖は涙で萎れただろうか。野辺に出て、昔も秋の花は見たけれど。

意訳

昔も野辺に出て秋の花を見たけれど、これほど袖が涙で濡れたことはなかった。老いた今、秋の花を見る心はいっそう悲しい。

語釈・文法注

いとかくや
これほどまでに〜か。
萎れし
濡れてしおれた。

和歌

作者
藤原俊成(ふじわらのとしなり(しゅんぜい)) 1114–1204
藤原定家の父。『千載和歌集』を撰び、歌論書『古来風体抄』を著した。余情と「幽玄」を重んじる歌風で、御子左家の歌学の基礎を築き、新古今時代の歌人たちを導いた。法名は釈阿。
出典
『新古今和歌集』巻第四・秋歌上・341番
歌体
短歌
状況
詞書「入道前關白太政大臣、右大臣に侍りける時、百首の歌よませ侍りけるに」(入道前関白太政大臣(兼実)が右大臣でした時、百首歌を詠ませました折の歌)。

修辞

初句・二句で問いかけ、下の句で昔と比べる
初句・二句で問いかけ、下の句で昔と比べる。

解説

俊成の歌。

関連

出典

底本
『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、60頁(コマ40)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
更新日