古典ライブラリー

新古今和歌集 巻第四 秋歌上 302番

朝霧や

藤原忠通(ふじわらのただみち)

朝霧が立つ竜田山の里でなければ、秋が来たと誰が知ることができただろうか。

作者
法性寺入道前關白太政大臣(藤原忠通)
  1. 1中納言ちゆうなごん中納言ちゆうなごんちゆうなごん、、、中將ちゆうじやう中將ちゆうじやうちゆうじょうににに侍はべ侍はべはべりけるりけるりける時とき時ときとき、、、家いへ家いへいえににに山家早秋さんかのさうしう山家早秋さんかのさうしうさんかのそうしゅうといへるといへるといえる心こころ心こころこころをををよませよませよませ侍はべ侍はべはべりけるにりけるにりけるに詞書
  2. 2朝霧あさぎり朝霧あさぎりあさぎりややや初句
  3. 3たつたつたつ田た田たたののの山やま山やまやまののの二句
  4. 4里さと里さとさとならでならでならで三句
  5. 5秋あき秋あきあき來き來ききにけりとにけりとにけりと四句
  6. 6誰たれ誰たれたれかかか知し知ししらましらましらまし結句

引用の仕方

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現代語訳

〔詞書〕中納言(藤原兼実)が中将でした時、家で「山家の早秋」という題で人々に詠ませました時の歌。

朝霧が立つ竜田山の里でなければ、秋が来たと誰が知ることができただろうか。

意訳

竜田山の里には朝霧が立ちこめている。この霧がなければ、秋が来たことに誰が気づけただろうか。

語釈・文法注

たつ田
(霧が)「立つ」と「竜田」の掛詞。

和歌

作者
藤原忠通(ふじわらのただみち) 1097–1164
関白藤原忠実の子で、兼実・慈円の父。鳥羽・崇徳・近衛・後白河の四代にわたって摂政・関白を務めた。保元の乱では後白河天皇方についた。書にもすぐれ、法性寺流の祖とされる。
出典
『新古今和歌集』巻第四・秋歌上・302番
歌体
短歌
状況
詞書「中納言、中將に侍りける時、家に山家早秋といへる心をよませ侍りけるに」(中納言(藤原兼実)が中将でした時、家で「山家の早秋」という題で人々に詠ませました時の歌)。

修辞

掛詞
「たつ」に「立つ」と「竜田」を掛ける。
反実仮想
反実仮想。

解説

作者は法性寺入道前関白と呼ばれた藤原忠通。

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出典

底本
『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、54頁(コマ37)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
更新日