新古今和歌集 巻第三 夏歌 248番
時鳥
ほととぎすは、五月なのか六月なのか見分けかねて、ためらうような声が空に聞こえる。
場面イラスト(準備中)
現代語訳
〔詞書〕堀河院の御代に、皇后の宮で、閏五月に、「郭公」という題を男たちが詠みました時の歌。
ほととぎすは、五月なのか六月なのか見分けかねて、ためらうような声が空に聞こえる。
意訳
閏五月で、五月が二度ある年。ほととぎすは、今が五月なのか六月なのか迷っているのか、ためらいがちな声が空から聞こえる。
語釈・文法注
- 閏五月
- 暦の調整のために五月が二度ある月。
- わきかねて
- 区別しかねて。
- やすらふ
- ためらう。
和歌
- 作者
- 源国信(みなもとのくにざね) 1069–1111
右大臣源顕房の子。権中納言に至った。堀河天皇の歌壇で活躍し、『堀河百首』の作者の一人。 - 出典
- 『新古今和歌集』巻第三・夏歌・248番
- 歌体
- 短歌
- 状況
- 詞書「堀河院の御時、后の宮にて、閏五月、郭公といふ心ををのこどもつかうまつりけるに」(堀河院の御代に、皇后の宮で、閏五月に、「郭公」という題を男たちが詠みました時の歌)。
解説
国信の歌。
関連
出典
- 底本
- 『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、44頁(コマ32)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
- 更新日