古典ライブラリー

新古今和歌集 巻第三 夏歌 247番

夕暮は

藤原定家(ふじわらのさだいえ(ていか))

夕暮れには、どの雲の名残だといって、花橘に風が吹くのだろうか。

作者
藤原定家朝臣(藤原定家)
  1. 1守覺法親王しゆかくほふしんわう守覺法親王しゆかくほふしんわうしゅかくほっしんのう、、、五十首ごじつしゆ五十首ごじつしゆごじっしゅののの歌うた歌うたうたよませよませよませ侍はべ侍はべはべりけるりけるりける時とき時ときとき詞書
  2. 2夕暮ゆふぐれ夕暮ゆふぐれゆうぐれははは初句
  3. 3いづれのいづれのいずれの雲くも雲くもくもののの二句
  4. 4名殘なごり名殘なごりなごりとてとてとて三句
  5. 5花はな花はなはなたちばなにたちばなにたちばなに四句
  6. 6風かぜ風かぜかぜののの吹ふ吹ふふくらむくらむくらむ結句

引用の仕方

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現代語訳

〔詞書〕守覚法親王が五十首歌を詠ませました時の歌。

夕暮れには、どの雲の名残だといって、花橘に風が吹くのだろうか。

意訳

夕暮れ、花橘の香りを運ぶ風が吹いてくる。それは、火葬の煙となって雲に変わった誰かの名残なのだろうか。

語釈・文法注

いづれの雲の名殘とて
どの雲の名残だといって。亡き人は火葬の煙となって雲になるとされた。

和歌

作者
藤原定家(ふじわらのさだいえ(ていか)) 1162–1241
藤原俊成の子。『新古今和歌集』の撰者の一人で、のち『新勅撰和歌集』を単独で撰び、『小倉百人一首』を選んだとされる。妖艶・有心の美を追求した新古今時代の代表的歌人。日記『明月記』、歌論書『近代秀歌』『毎月抄』がある。
出典
『新古今和歌集』巻第三・夏歌・247番
歌体
短歌
状況
詞書「守覺法親王、五十首の歌よませ侍りける時」(守覚法親王が五十首歌を詠ませました時の歌)。

解説

定家の歌。

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出典

底本
『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、44頁(コマ32)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
更新日