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新古今和歌集 巻第三 夏歌 210番

吾が心

藤原俊成(ふじわらのとしなり(しゅんぜい))

わたしの心をどうせよというので、ほととぎすは雲間の月の光の中で鳴いているのだろうか。

作者
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  1. 1後德大寺左大臣ごとくだいじのさだいじん後德大寺左大臣ごとくだいじのさだいじんごとくだいじのさだいじんののの家いへ家いへいえににに、、、十首じつしゆ十首じつしゆじっしゅ歌うた歌うたうたよみよみよみ侍はべ侍はべはべりけるによみてつかはしけるりけるによみてつかはしけるりけるによみてつかわしける詞書
  2. 2吾わ吾わわががが心こころ心こころこころ初句
  3. 3いかにせよとていかにせよとていかにせよとて二句
  4. 4ほとゝぎすほとゝぎすほととぎす三句
  5. 5雲くも雲くもくも間ま間ままののの月つき月つきつきののの四句
  6. 6かげになくらむかげになくらむかげになくらむ結句

引用の仕方

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現代語訳

〔詞書〕後徳大寺左大臣(藤原実定)の家で、十首歌を詠みました時に、詠んで送った歌。

わたしの心をどうせよというので、ほととぎすは雲間の月の光の中で鳴いているのだろうか。

意訳

雲間から月の光が差す夜に、ほととぎすが鳴く。こんなに美しい夜にほととぎすまで鳴いては、心が乱れてどうしてよいかわからない。

語釈・文法注

いかにせよとて
どうせよというので。
かげ
月の光。

和歌

作者
藤原俊成(ふじわらのとしなり(しゅんぜい)) 1114–1204
藤原定家の父。『千載和歌集』を撰び、歌論書『古来風体抄』を著した。余情と「幽玄」を重んじる歌風で、御子左家の歌学の基礎を築き、新古今時代の歌人たちを導いた。法名は釈阿。
出典
『新古今和歌集』巻第三・夏歌・210番
歌体
短歌
状況
詞書「後德大寺左大臣の家に、十首歌よみ侍りけるによみてつかはしける」(後徳大寺左大臣(藤原実定)の家で、十首歌を詠みました時に、詠んで送った歌)。

解説

俊成の歌。

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出典

底本
『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、38頁(コマ29)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
更新日