新古今和歌集 巻第三 夏歌 187番
かりに來と
かりそめに来るのだと恨んでいた人も、すっかり訪れが絶えてしまった。それを、草葉の茂るのにつけて、恋しく思い出すこのごろだ。
場面イラスト(準備中)
現代語訳
かりそめに来るのだと恨んでいた人も、すっかり訪れが絶えてしまった。それを、草葉の茂るのにつけて、恋しく思い出すこのごろだ。
意訳
訪ねてきても仮の訪れだと恨んでいた人が、今はもう来なくなった。夏草が茂るのを見るにつけて、あの人のことが恋しく思い出される。
語釈・文法注
- かりに
- かりそめに。「刈りに」を響かせる。
- しのぶ
- 恋しく思う。「忍ぶ草」を響かせる。
和歌
- 作者
- 曽禰好忠(そねのよしただ) 生没年未詳(十世紀後半)
丹後掾を務めたことから曽丹と呼ばれた。古語や俗語を交えた斬新な歌風で、当時は異端視されたが、新古今時代に高く評価された。百首歌・毎月集の形式を試みた。 - 出典
- 『新古今和歌集』巻第三・夏歌・187番
- 歌体
- 短歌
- 状況
- 題しらず(詠まれた事情は伝わらない)。
修辞
- 掛詞
- 「かり」に「仮」と「刈り」を掛ける。
解説
好忠の歌。
関連
出典
- 底本
- 『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、34頁(コマ27)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
- 更新日