新古今和歌集 巻第三 夏歌 176番
惜しめども
どんなに惜しんでも止まらない春もあるのに、頼みもしないのにやって来て、身につけることになった夏衣であることよ。
場面イラスト(準備中)
現代語訳
どんなに惜しんでも止まらない春もあるのに、頼みもしないのにやって来て、身につけることになった夏衣であることよ。
意訳
去ってほしくない春は、いくら惜しんでも止まらずに去ってしまった。それなのに、来てくれとも言わない夏は、勝手にやって来て、夏衣に着替える時になった。
語釈・文法注
- 言はぬに
- 頼まないのに。
- きたる
- 「来たる」と「着たる」の掛詞。
和歌
- 作者
- 素性法師(そせいほうし) 生没年未詳(九世紀後半〜十世紀初め)
僧正遍昭の子。俗名は良岑玄利(よしみねのはるとし)といい、父の命で出家した。雲林院や大和の石上の良因院に住み、宇多天皇・醍醐天皇の歌会や屏風歌に召された。三十六歌仙の一人。 - 出典
- 『新古今和歌集』巻第三・夏歌・176番
- 歌体
- 短歌
- 状況
- 題しらず(詠まれた事情は伝わらない)。
修辞
- 掛詞
- 「きたる」に「来たる」と(夏衣を)「着たる」を掛ける。
解説
素性法師の歌。去る春と来る夏を対比した、古今集風の機知の歌。
関連
出典
- 底本
- 『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、32頁(コマ26)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
- 更新日