古典ライブラリー

新古今和歌集 巻第二 春歌下 174番

明日よりは

藤原良経(後京極摂政)(ふじわらのよしつね)

明日からは、志賀の花園をまれにでも誰が訪ねようか。花の散った古い都を。

作者
攝政太政大臣(藤原良経(後京極摂政))
  1. 1百首ひやくしゆ百首ひやくしゆひゃくしゅののの歌うた歌うたうた奉たてまつ奉たてまつたてまつりしりしりし時とき時ときとき詞書
  2. 2明日あす明日あすあすよりよりよりははは初句
  3. 3志賀しが志賀しがしがののの花園はなぞの花園はなぞのはなぞの二句
  4. 4まれにだにまれにだにまれにだに三句
  5. 5誰たれ誰たれたれかはかはかは訪と訪ととははわむむむ四句
  6. 6花はな花はなはなのののふるふるふる里さと里さとさと結句

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

〔詞書〕百首歌を献上した時の歌。

明日からは、志賀の花園をまれにでも誰が訪ねようか。花の散った古い都を。

意訳

春が終われば、明日からは志賀の花園を訪ねる人は、たまにさえいなくなるだろう。花の散った古い都は、ますます寂しくなる。

語釈・文法注

志賀の花園
近江国の志賀の地。天智天皇の大津宮の跡で、「古き都」として詠まれた。
誰かは訪はむ
誰が訪ねるだろうか、いや誰も訪ねない。

和歌

作者
藤原良経(後京極摂政)(ふじわらのよしつね) 1169–1206
九条兼実の子。摂政・太政大臣に至った。『新古今和歌集』の仮名序を書き、和歌所の寄人の筆頭として撰集を主導した。叔父の慈円や藤原定家ら御子左家の歌人を庇護し、清新で格調の高い歌を詠んだ。書にもすぐれ、後京極流の祖とされる。『新古今和歌集』に七十九首が入る。
出典
『新古今和歌集』巻第二・春歌下・174番
歌体
短歌
状況
詞書「百首の歌奉りし時」(百首歌を献上した時の歌)。

修辞

反語
「誰かは訪はむ」。
体言止め
体言止め。

解説

良経の歌で、巻第二の巻末歌。底本は結句を「花のふる里」とするが、「春のふるさと」とする本もある。

関連

出典

底本
『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、31頁(コマ25)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
更新日