古典ライブラリー

新古今和歌集 巻第二 春歌下 169番

暮れて行く

寂蓮法師(じゃくれんほうし)

暮れていく春が行き着く港はどこか知らないけれど、霞の中を下っていく宇治川の柴舟よ。

作者
寂蓮法師
  1. 1五十首ごじつしゆ五十首ごじつしゆごじっしゅののの歌うた歌うたうた奉たてまつ奉たてまつたてまつりしりしりし時とき時ときとき詞書
  2. 2暮く暮くくれてれてれて行ゆ行ゆゆくくく初句
  3. 3春はる春はるはるののの湊みなと湊みなとみなとははは二句
  4. 4しらねどもしらねどもしらねども三句
  5. 5霞かすみ霞かすみかすみにおつるにおつるにおつる四句
  6. 6宇治うぢ宇治うぢうじののの柴舟しばぶね柴舟しばぶねしばぶね結句

引用の仕方

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現代語訳

〔詞書〕五十首歌を献上した時の歌。

暮れていく春が行き着く港はどこか知らないけれど、霞の中を下っていく宇治川の柴舟よ。

意訳

過ぎ去っていく春がどこに行き着くのかはわからない。けれども、霞の中を下っていく宇治川の柴舟を見ていると、春もこうして流れ去っていくのだと思われる。

語釈・文法注

春の湊
春が行き着く港。春の終わる所。
柴舟
柴を積んだ舟。
おつる
川を下る。

和歌

作者
寂蓮法師(じゃくれんほうし) 1139?–1202
俗名は藤原定長。藤原俊成の甥で養子となったが、定家が生まれると出家した。『新古今和歌集』の撰者に選ばれたが、完成前に没した。「三夕の歌」の一首「さびしさはその色としもなかりけり」で知られる。
出典
『新古今和歌集』巻第二・春歌下・169番
歌体
短歌
状況
詞書「五十首の歌奉りし時」(五十首歌を献上した時の歌)。

修辞

体言止め
「宇治の柴舟」。

解説

寂蓮の代表作の一つ。行く春を、霞の中に消えていく舟の姿に重ねる。

関連

出典

底本
『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、30頁(コマ25)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
更新日