新古今和歌集 巻第二 春歌下 139番
さくら花
桜の花は夢だったのか、現実だったのか。白雲のように咲いていた花は跡かたもなく絶えて、峰の春風はただつれなく吹いている。
場面イラスト(準備中)
現代語訳
〔詞書〕五十首歌を献上した時の歌。
桜の花は夢だったのか、現実だったのか。白雲のように咲いていた花は跡かたもなく絶えて、峰の春風はただつれなく吹いている。
意訳
峰を白雲のように覆っていた桜は、すっかり散ってしまった。あの花盛りは夢だったのか、現実だったのか。今はただ、何事もなかったかのように春風が吹いている。
語釈・文法注
- 夢かうつゝか
- 夢なのか現実なのか。
- 白雲の
- 「たえて」を導く。白雲は桜のたとえでもある。
- たえて
- すっかり絶えて。
和歌
- 作者
- 藤原家隆(ふじわらのいえたか(かりゅう)) 1158–1237
藤原俊成に和歌を学び、定家と並ぶ新古今時代の代表的歌人。『新古今和歌集』の撰者の一人。温雅で清澄な歌風で、生涯に六万首を詠んだと伝えられる。晩年は出家して壬生二品と呼ばれた。 - 出典
- 『新古今和歌集』巻第二・春歌下・139番
- 歌体
- 短歌
- 状況
- 詞書「五十首の歌奉りし時」(五十首歌を献上した時の歌)。
修辞
- 本歌取り
- 「風吹けば峰にわかるる白雲のたえてつれなき君が心か」(壬生忠岑、古今集)をふまえる。
- 体言止め
- 体言止め。
解説
家隆の歌。忠岑の恋の歌を春の歌に転じ、散ってしまった花への茫然とした思いを詠む。
関連
出典
- 底本
- 『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、25頁(コマ22)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
- 更新日