新古今和歌集 巻第二 春歌下 135番
今日だにも
今日でさえも、庭を盛りとばかりに散っていく花です。たとえ消えずに残っていても、せめて雪だとでも思って見てください。
場面イラスト(準備中)
現代語訳
〔詞書〕ある年、ひそかに内裏の花見に出かけました時に、庭に散っていました花を硯の蓋に入れて、摂政(良経)のもとに送りました時の歌。
今日でさえも、庭を盛りとばかりに散っていく花です。たとえ消えずに残っていても、せめて雪だとでも思って見てください。
意訳
内裏の庭では、今日を盛りと花が散っている。その花びらを硯の蓋に入れて送るので、消えずに残っているとしても、雪かと思って眺めてほしい。花見に来なかった良経に、散った花を贈る歌。
語釈・文法注
- 一年
- ある年。
- 硯のふた
- 硯箱の蓋。物を載せて贈るのに用いた。
- うつる
- 移ろう、散る。
和歌
- 作者
- 後鳥羽院(ごとばいん) 1180–1239
第八十二代天皇。譲位後に院政を行い、和歌所を置いて『新古今和歌集』の撰集を命じ、自らも撰歌と切継に深く関わった。承久の乱(1221)に敗れて隠岐に配流され、配所でも集の精選(隠岐本)を続けた。『新古今和歌集』では「太上天皇」と記され、三十三首が入る。 - 出典
- 『新古今和歌集』巻第二・春歌下・135番
- 歌体
- 短歌
- 状況
- 詞書「一年忍びて大內の花見にまかりて侍りしに、庭に散りて侍りし花を硯のふたに入れて、攝政の許につかはし侍りし」(ある年、ひそかに内裏の花見に出かけました時に、庭に散っていました花を硯の蓋に入れて、摂政(良経)のもとに送りました時の歌)。
修辞
- 本歌取り
- 業平の「今日来ずは明日は雪とぞ降りなまし消えずはありとも花と見ましや」をふまえる。
解説
後鳥羽院と良経の贈答。前の定家の歌と同じく業平の歌をふまえ、それを君臣の風雅なやりとりに用いている。
関連
出典
- 底本
- 『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、24頁(コマ22)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
- 更新日