新古今和歌集 巻第二 春歌下 134番
櫻色の
桜色に染まっていた庭の春風も、今は跡形もない。人が訪ねてきたなら、せめて雪とだけでも見てくれるだろうに。
場面イラスト(準備中)
現代語訳
〔詞書〕千五百番歌合に詠んだ歌。
桜色に染まっていた庭の春風も、今は跡形もない。人が訪ねてきたなら、せめて雪とだけでも見てくれるだろうに。
意訳
桜の花びらを運んで庭を桜色に染めていた春風も、花が散りつくして今は何の跡もない。もし人が訪ねてくれていたら、散り敷いた花を雪とだけでも見てくれただろうに。誰も訪れない寂しさを詠む。
語釈・文法注
- 跡もなし
- 跡形もない。
- 問はゞぞ
- もし訪ねてきたなら。
- 雪とだに見む
- せめて雪とだけでも見るだろう。
和歌
- 作者
- 藤原定家(ふじわらのさだいえ(ていか)) 1162–1241
藤原俊成の子。『新古今和歌集』の撰者の一人で、のち『新勅撰和歌集』を単独で撰び、『小倉百人一首』を選んだとされる。妖艶・有心の美を追求した新古今時代の代表的歌人。日記『明月記』、歌論書『近代秀歌』『毎月抄』がある。 - 出典
- 『新古今和歌集』巻第二・春歌下・134番
- 歌体
- 短歌
- 状況
- 詞書「千五百番歌合に」(千五百番歌合に詠んだ歌)。
修辞
- 本歌取り
- 「今日来ずは明日は雪とぞ降りなまし消えずはありとも花と見ましや」(在原業平、古今集)をふまえる。
- 三句切れ
- 三句切れ。
解説
定家の歌。業平の歌をふまえ、人の訪れのない庭の寂しさを描く。
関連
出典
- 底本
- 『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、24頁(コマ22)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
- 更新日