古典ライブラリー

新古今和歌集 巻第二 春歌下 104番

百敷の

山部赤人(やまべのあかひと)

宮中に仕える人々は暇があるのだろうか。桜を髪に挿して、今日も一日遊び暮らしていた。

作者
山邊赤人(山部赤人)
  1. 1題だい題だいだいしらずしらずしらず詞書
  2. 2百敷ももしき百敷ももしきももしきののの初句
  3. 3大おほ大おほおお宮みや宮みやみや人びと人びとびとははは二句
  4. 4いとまあれやいとまあれやいとまあれや三句
  5. 5櫻さくら櫻さくらさくらかざしてかざしてかざして四句
  6. 6今日けふ今日けふきょうもくらしつもくらしつもくらしつ結句

引用の仕方

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現代語訳

宮中に仕える人々は暇があるのだろうか。桜を髪に挿して、今日も一日遊び暮らしていた。

意訳

宮中の人々は、桜の花を髪に挿して、今日も一日のどかに遊び暮らしている。太平の世の宮廷の春ののどかさを詠む。

語釈・文法注

百敷の
「大宮」にかかる枕詞。
大宮人
宮中に仕える人。
いとまあれや
「や」は疑問。暇があるのだろうか。
かざして
髪に挿して飾って。

和歌

作者
山部赤人(やまべのあかひと) 生没年未詳(奈良時代前期)
奈良時代の宮廷歌人。聖武天皇の行幸に従って多くの歌を詠んだ。清らかな自然を描いた叙景歌にすぐれ、柿本人麻呂とともに「歌聖」と称された。三十六歌仙の一人。
出典
『新古今和歌集』巻第二・春歌下・104番
歌体
短歌
状況
題しらず(詠まれた事情は伝わらない)。

修辞

枕詞
「百敷の」が「大宮人」にかかる。

解説

『万葉集』巻十の作者未詳歌「ももしきの大宮人は暇あれや梅をかざしてここに集へる」の異伝が、赤人の歌として伝えられたもの。万葉では梅だった花が、ここでは桜になっている。

関連

出典

底本
『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、19頁(コマ19)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
更新日