新古今和歌集 巻第一 春歌上 36番
見渡せば
見渡すと、山のふもとが霞んでいる水無瀬川よ。夕べの趣は秋が一番だと、どうして思っていたのだろう。

現代語訳
〔詞書〕男たちに漢詩を作らせて和歌と合わせました時に、「水郷の春望」という題で。
見渡すと、山のふもとが霞んでいる水無瀬川よ。夕べの趣は秋が一番だと、どうして思っていたのだろう。
意訳
水無瀬の離宮から見渡すと、山のふもとは春霞に包まれ、水無瀬川がその中を流れている。夕暮れの美しさは秋に限ると思っていたが、この春の夕べはそれに劣らない。春の夕暮れの趣を発見した喜びを詠む。
語釈・文法注
- 水無瀨川
- 摂津国(大阪府)を流れる川。後鳥羽院の離宮があった。
- なに思ひけむ
- 「けむ」は過去推量の助動詞。どうして思っていたのだろう。
和歌
- 作者
- 後鳥羽院(ごとばいん) 1180–1239
第八十二代天皇。譲位後に院政を行い、和歌所を置いて『新古今和歌集』の撰集を命じ、自らも撰歌と切継に深く関わった。承久の乱(1221)に敗れて隠岐に配流され、配所でも集の精選(隠岐本)を続けた。『新古今和歌集』では「太上天皇」と記され、三十三首が入る。 - 出典
- 『新古今和歌集』巻第一・春歌上・36番
- 歌体
- 短歌
- 状況
- 詞書「をのこども詩をつくりて歌に合せ侍りしに水鄕春望といふことを」(男たちに漢詩を作らせて和歌と合わせました時に、「水郷の春望」という題で)。
修辞
- 本歌取り
- 『枕草子』の「秋は夕暮れ」、『古今和歌集』の「いつはとは時はわかねど秋の夜ぞもの思ふことの限りなりける」など、秋の夕べを最上とする考えをふまえる。
- 三句切れ
- 三句切れ。
解説
元久二年(1205)の「元久詩歌合」での後鳥羽院の作。「春は曙、秋は夕暮れ」という伝統的な美意識に対して、春の夕暮れの美しさを打ち出した歌として名高い。
関連
出典
- 底本
- 『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、7頁(コマ13)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
- 更新日