古典ライブラリー

新古今和歌集 巻第一 春歌上 15番

澤におふる

藤原俊成(ふじわらのとしなり(しゅんぜい))

沢に生える若菜ではないけれど、むなしく年を積み重ねるにつけても、袖は涙に濡れることだ。

春の沢の若菜を前に、年を重ねた歌人が袖を目元へ寄せ、もの思いに沈んでいる場面
春の沢の若菜を前に、年を重ねた歌人が袖を目元へ寄せ、もの思いに沈んでいる場面
作者
皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
  1. 1述懷じゆつくわい述懷じゆつくわいじゅっかい百首ひやくしゆ百首ひやくしゆひゃくしゅののの歌うた歌うたうたよみよみよみ侍はべ侍はべはべりけるにりけるにりけるに、、、若菜わかな若菜わかなわかな詞書
  2. 2澤さは澤さはさわにおふるにおふるにおうる初句
  3. 3若菜わかな若菜わかなわかなならねどならねどならねど二句
  4. 4徒いたづら徒いたづらいたずらににに三句
  5. 5年とし年としとしをををつむにもつむにもつむにも四句
  6. 6袖そで袖そでそでははは濡ぬ濡ぬぬれけりれけりれけり結句

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

〔詞書〕述懐百首を詠みました時に、若菜の題で。

沢に生える若菜ではないけれど、むなしく年を積み重ねるにつけても、袖は涙に濡れることだ。

意訳

若菜を摘む人は沢に入って袖を濡らすが、自分は若菜を摘むのではなく、むなしく年を「積む」ばかりで、その嘆きの涙で袖を濡らしている。春の行事に寄せて、老いと不遇の嘆きを詠む。

語釈・文法注

ならねど
「なら」は断定の助動詞「なり」の未然形、「ね」は打消の「ず」の已然形。〜ではないけれど。
徒に
むなしく。何もなしえないまま。
年をつむ
年齢を重ねること。若菜を「摘む」と掛ける。

和歌

作者
藤原俊成(ふじわらのとしなり(しゅんぜい)) 1114–1204
藤原定家の父。『千載和歌集』を撰び、歌論書『古来風体抄』を著した。余情と「幽玄」を重んじる歌風で、御子左家の歌学の基礎を築き、新古今時代の歌人たちを導いた。法名は釈阿。
出典
『新古今和歌集』巻第一・春歌上・15番
歌体
短歌
状況
詞書「述懷百首の歌よみ侍りけるに、若菜」(述懐百首を詠みました時に、若菜の題で)。

修辞

掛詞
「つむ」に若菜を「摘む」と年を「積む」を掛ける。
縁語
「沢」「若菜」「摘む」「濡れ」。

解説

「述懐百首」は、自らの身の上を嘆く心を詠んだ百首。若いころの俊成の作で、昇進の遅れを嘆く気持ちがこめられている。

関連

出典

底本
『新古今集』 短歌雑誌社編輯部校訂、紅玉堂書店、大正15年(1926)、3頁(コマ11)。流布本を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
更新日