人物事典 / か行
紀淑望
きのよしもち
?–919
人物について
紀長谷雄の子。大学頭・東宮学士などを務めた漢学者。真名序の作者とされる(底本の真名序は末尾を「臣貫之等謹序」とする)。
古典ライブラリーで読める歌:『古今和歌集』1首『新古今和歌集』1首
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『古今和歌集』の紀淑望
1首古今和歌集・真名序(一)古今和歌集夫れ和歌は、其の根を心地に託け、其の花を詞林に發く者なり。 人の世に在る、無爲なること能はず。思慮遷り易く、哀樂相變ず。感は志に生り、詠は言に形る。是を以て逸する者は其の聲樂しく、怨ずる者は其の吟悲し。以て懷を述べつべく、以て憤を發しつべし。 天地を動かし、鬼神を感ぜしめ、人倫を化し、夫婦を和すること、倭歌より宜しきは莫し。 倭歌に六義有り。一に曰く風、二に曰く賦、三に曰く比、四に曰く興、五に曰く雅、六に曰く頌。 若し夫れ春の鶯の花の中に囀り、秋の蟬の樹の上に吟ずる、曲折無しと雖も、各歌謠を發す。物皆之れ有り、自然の理なり。 然れども神世七代、時質に人淳くして、情欲分つこと無く、倭歌未だ作らず。素盞嗚尊の出雲國に到るに逮びて、始めて三十一字の詠有り。今の反歌の作なり。 其の後、天神の孫、海童の女と雖も、倭歌を以て情を通ぜざる者莫し。 爰に人代に及びて、此の風大いに興る。長歌・短歌・旋頭・混本の類、雜體一に非ず、源流漸く繁し。譬へば猶ほ雲を拂ふ樹の寸苗の煙より生り、天を浮かぶる波の一滴の露より起るがごとし。 難波津の什を天皇に獻り、富緒川の篇を太子に報ゆるが如きに至りては、或は事神異に關り、或は興幽玄に入る。 但し上古の歌を見るに、多く古質の語を存し、未だ耳目の翫と爲らず、徒に敎誡の端と爲る。 古の天子、良辰美景每に、侍臣の宴筵に預る者に詔して倭歌を獻らしむ。君臣の情、斯に由りて見つべく、賢愚の性、是に於て相分る。民の欲に隨ひて士の才を擇ぶ所以なり。 大津皇子の初めて詩賦を作りしより、詞人才子、風を慕ひ塵を繼ぎ、彼の漢家の字を移して、我が日域の俗を化す。民業一たび改りて、倭歌漸く衰へぬ。原文・訳・解説を読む 古今和歌集・真名序(二)古今和歌集然れども猶ほ先師柿本大夫といふ者有り。高く神妙の思を振ひ、古今の間に獨步す。山邊赤人といふ者有り。竝びに倭歌の仙なり。其の餘、倭歌を業とする者、綿々として絕えず。 彼の時澆漓に變じ、人奢淫を貴ぶに及びて、浮詞雲のごとく興り、艶流泉のごとく涌く。其の實皆落ちて、其の花孤り榮ゆ。好色の家には此を以て花鳥の使と爲し、乞食の客は此を以て活計の媒と爲すこと有るに至る。故に半ばは婦人の右と爲りて、丈夫の前に進め難し。 近代、古風を存する者、纔かに二三人のみ。然れども長短同じからず、論じて以て辨ふべし。 花山僧正は尤も歌の體を得たり。然れども其の詞花にして實少し。圖畫の好女の徒に人の情を動かすが如し。 在原中將の歌は、其の情餘り有りて、其の詞足らず。萎める花の彩色少しと雖も、薰香有るが如し。 文琳は巧みに物を詠ず。然れども其の體俗に近し。賈人の鮮かなる衣を著たるが如し。 宇治山の僧喜撰は、其の詞華麗にして、首尾停滯す。秋の月を望むに曉の雲に遇へるが如し。 小野小町の歌は、古の衣通姬の流なり。然れども艶にして氣力無し。病める婦の花粉を著けたるが如し。 大友黑主の歌は、古の猿丸大夫の姿なり。頗る逸興有りて、體甚だ鄙し。田夫の花の前に息めるが如し。 此の外、氏姓流れ聞ゆる者、勝げて計ふべからず。其の大底は皆艶を以て基と爲し、歌の趣を知らざる者なり。 俗人爭ひて榮利を事とし、倭歌を詠ずることを用ゐず。悲しきかな、悲しきかな。貴きこと相將を兼ね、富めること金錢に餘ると雖も、骨未だ土中に腐ちざるに、名先づ世上に滅えぬ。適後世に知らるる者は、唯倭歌の人のみ。何となれば、語人の耳に近く、義神明に慣ればなり。 昔、平城天子、侍臣に詔して萬葉集を撰ばしむ。爾より以來、時は十代を歷、數は百年を過ぐ。其の後、倭歌棄てて採用せられず。風流野宰相の如く、雅情在納言の如しと雖も、皆他の才を以て聞えて、斯の道を以て顯れず。 伏して惟みるに、陛下の御宇今に九載。仁は秋津洲の外に流れ、惠は筑波山の陰よりも茂し。淵變じて瀨と爲るの聲、寂々として口を閉ぢ、砂長じて巖と爲るの頌、洋々として耳に滿つ。既に絕えたる風を繼がむことを思ひ、久しく廢れたる道を興さむと欲す。 爰に大内記紀友則・御書所預紀貫之・前甲斐少目凡河内躬恒・右衞門府生壬生忠岑等に詔して、各家集幷びに古來の舊歌を獻らしめ、續萬葉集と曰ふ。是に於て重ねて詔有りて、奉る所の歌を部類して、勒して二十卷と爲し、名づけて古今倭歌集と曰ふ。 臣等、詞は春花の艶少なく、名は秋夜の長きを竊む。況むや進みては時俗の嘲を恐れ、退きては才藝の拙きを慙づ。適倭歌の中興に遇ひて、以て吾が道の再び昌んなるを樂しむ。嗟呼、人麿既に歿したれども、倭歌斯に在らずや。 時に延喜五年歲次乙丑四月十八日、臣貫之等謹みて序す。原文・訳・解説を読む 古今和歌集・251番もみぢせぬもみぢせぬ ときはの山は 吹く風の 音にや秋を ききわたるらむ原文・訳・解説を読む