古今和歌集 巻第五 秋歌下 251番
もみぢせぬ
紅葉しない常緑の常磐山は、吹く風の音によって秋の訪れを聞き知っているのだろうか。

現代語訳
〔詞書〕秋の歌合をした時に詠んだ歌。
紅葉しない常緑の常磐山は、吹く風の音によって秋の訪れを聞き知っているのだろうか。
意訳
常緑の山は紅葉で秋を知ることがないので、風の音で秋を知るのだろう、と想像する。
語釈・文法注
- ときはの山
- 常磐山。常緑の山の意をかける。
- 聞きわたるらむ
- 聞き続けているのだろうか。
和歌
- 作者
- 紀淑望(きのよしもち) ?–919
紀長谷雄の子。大学頭・東宮学士などを務めた学者で、『古今和歌集』の真名序を書いた。 - 出典
- 『古今和歌集』巻第五・秋歌下・251番
- 歌体
- 短歌
- 状況
- 詞書「秋の歌合しける時によめる」(秋の歌合をした時に詠んだ歌)。
修辞
- 掛詞
- 「ときは」に「常磐」と「常に変わらない」。
解説
紀淑望の歌。淑望は真名序の作者とされる。
関連
出典
- 底本
- 有朋堂文庫『古今和歌集・後撰和歌集』 塚本哲三校訂、有朋堂書店、大正15年(1926)、44頁(コマ35)。正保四年版『八代集』を底本とする。国立国会図書館デジタルコレクション(保護期間満了)
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部(本文は底本による。現代語訳・注は当サイト)
- 更新日